6/02/2010

私的日本語昨今

先日日本映画やテレビ番組が見たくてグーグルで無料サイトを検索して数個のサイトを開いた際に、やられたらしい。
何、やられたとな?と膝を乗り出されても困るのですけれど。
ヴァイレスに。そう、私の可憐純情なPCが(どんなPCナノダ?)アダルトサイトに汚されてしまったのです。
日本語、中国語、韓国語ハタマタ何やら怪しげ語(?)のエロスアタックであります。日本語以外の言語は理解せずとも知れた内容でありましたぞ。(と、威張ったところで何もならないけれど)
それらを消却する度に消却以上の数のインプットがゴキブリのごとく湧いて出るのは、世界の何処かで、怪しげなおにィちゃん、いや、おねェちゃんか、はたまたオジン、オバンかは知らぬが、ボタン一つでオートロックを掛けているに違いない。
「ヌヌッ、オノレ憎っき奴等め!この仇、如何してくれようか」と暫く考えあぐねあの手、この手を尽くしたのだけれど、やはり、この彼女の体内に潜む怪しげな記憶を全面的に取り去るのはアレしかない。
という事で、PCはまたマッサラな処女じゃなかった、初期化に戻したのであります。
ノートン360度と言う名の対ヴァイレスという強い護衛もつけました。
しかし、しかし、私が持っているマイクロソフト機能エデションが古いもので、(このデスクトップも古いノダ)処女じゃなかった、初期化したところでもう昔の溌剌娘のごときには戻れなかったのであります。
やっとのところで、通常に近い昨日に戻し、「貴女も私と同じで、も少しはクタビレて来た事でしょうけれど、でも今ここで貴女に寝込まれては困ります。一緒にもうちょっとは頑張ってやって行こうではありませんか。満足なソフトを買い与えず、いつも無料のものばかり使用して貴女に苦労を掛けているのは百も承知ですけれど、私とて、不本意に思ってはいるものの、今はこれにて我慢して現役で働いていて下さいな。退職はもそっと遅れておりますが、ほれ、ノートン殿を護衛につけますゆえ、少しは楽に成りますでしょうし。私共々、まだまだ先に進みましょうぞ。」と言い聞かせたのであります。

と言う事で、最近はノートン殿のお目にかなったサイトだけが通過して参りますが、それでもそのポップアップの宣伝欄からまたヴァィレスサイトに通じている物があって、本体で番組鑑賞が終わったら、また必ずノートン殿に清めの儀式をしてもらうことに。

サイトのテレビ番組を見て感じた事は、日本の文化に変化があって、在米42年という私には少々解せない現象の一つに人々のユーモア感が漫画化してきていると思ったことです。
多くのストーリー自体が漫画本が原作であって、その人間化された番組さえ漫画本と同じ言葉、アクションをするわけですね。
私が知っている昔の日本は、人間そのものの生活、社会ストーリーが漫画本になって売り出されていたようですけれど、丁度その反対の現象が今の日本語社会に影響を及ぼしているのが現代といえます。
それはそれで、文化と歴史なのですから別に「嗚呼、今の世は一体どうしたものか、、、」とお嘆きの何処かのお偉い方の言い分を真似てみようと思っているわけではありません。
只、自分の身の浦島花子化に思うに「ネットではこんなに身近な日本も、私個人にはず~っと遠い世界になりつつあるなァ」という事のみであります。
「そうよ、オバサン、いえ、ババさん。そういうアンタの日本語ときたら、ひどいものよ。もう学習力も落ちてるし、ハンパ日本語丸出しでサ」
と街行く若い人達(今や世の大多数が私より年若でありますからして)に指指され、笑われるのがオチと思いつつも、今もって日本語を読み書きするのが楽しみと言う私、嗚呼、哀れなりィ~。
私は日本語でも英語でも普通にお喋り好きと言うわけではなくて、どちらかと言えば、お喋り嫌い人間なのです。(人と話すのが苦手なのです。勤務上接客時にはぺらぺらとよーく喋りますけれど。仕事ですから。)
でも、情報好き性格というか、知りたがり屋というか、これはこれで大変な性格の持ち主であり、その情報をどこから得るか、そしてその情報をどのように自分の生活に役立てるのかの問答人生を送ってン十数年、気がつくと人生道に喩えると、もうとっくに峠も超え、どこか皆が見えない地点にたどり着かんばかりの先道なのであります。
それで、もうこれからもう一花咲かせてみようなどと大それた事を考えているわけでもなく、こうしてPCを相手にあれこれと考えるのを趣味にしているわけです。
日本も日本語も今は恋しいが、しかし、「故郷は遠きにありて想うもの」とは良くぞ言ったもので、この浦島花子は日本語番組を見ては「あァ、今はそう言うのか」とか「そりゃそうだ。昔からそうれはそうと決まってたよ」とか「ほう、日本人は複雑だ」とかを独りごちている私的日本語昨今にあります。