4/25/2010

今日この頃

Glitter Graphics | http://www.graphicsgrotto.com 自分でもよく解らないのだが、ある時は言葉が頭から溢れ出るように書き留めておきたくなる衝動に駆られる時に相反して、頭の中が風が吹き通るがごとく空になって何も書けない状態になる。
今がその空の状態の時であり、こうしてPCの前に、さァて、と頭を抱えてしまっているのだ。
先日右下奥歯のブリッジを差し歯にする手術を施してもらったのが、まだ完全に癒えていないのでその痛み止めと坑ヒスタミンを服用しているのが脳にブレーキをかけているのだろう、すっきりとしない。
無論日常生活での老化症状もこれに加えて私の思考を低下させて来ている事も確かな事であり、色々な事が面倒に感じられてもいる。
何かに衝かれたかのように情熱をもって、一気に書きしたためるなどという行為は、やはり若さゆえの行動なのだろう。
今や、一文書いては目を閉じ、半分したためては考えあぐね、右往左往でやっと分に筋を通している。嗚呼。
しかし、それが哀しいとか云う問題でもなく、やはりこうなるのかといったある種の感慨が心に詠み返ってくるのである。
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この秋の新学期から孫娘が青春を謳歌するであろう州立大学フロリダインターナショナルユニバーシティの新入生公開説明会に参加してきた。
若さと未来への希望に胸膨らませた多くの学生とその家族等の輝くばかりの顔を見て、「これが人生に於ける青春そのものなのだ。学ぶ希望を持ち、新しい体験と身をもって社会に貢献できる人間性を養う場に足を下ろして、前進するのだ」と我が身の40数年前に心に感じたものを、また新たに孫娘の姿に重ねて見た私であった。
その昔の私には学ぶ事自体にも、その生活資金にも全てに力不足であり、自分に多くの言い訳をして前進の途を断念した事を、通年に渡り私自身の生活に枷をかけて来ていたように思う。
孫娘は幸いにも彼女の学力に年間150万円程の奨学金が降り、学費に頭を悩ませる事が省かれた。あとは前進あるのみ、後悔のない人生の歴史を作ってもらいたいと願って止まない。
これで彼女の親代わりとしての責任は終わりに近くなってきている、が、まだあとに彼女の二人の弟が控えている。
心身ともにくたびれてきている私と夫とが、いまだ隠居生活を夢見ている訳にはいかないのは私達に課せられた運命なのだろう。
育てる事が生きるという運命、命に責任を持つという事なのだろうと思う。
こうして私達はもしかして、何か大きなものに活かされて、育てられているのやもしれない。
この3人の孫達を育て上げる事で、私達夫婦のこの世での責任と役割を充分みとめられ、そして、もし、もしも、また次の世に産まれ出るとしたら、同じ責任を果す役割を素通り出来る許可証のようなものが降りるかもしれないと考えたりする今日この頃の私である。