8/30/2010

行動と責任

先週ある式典会場でちょっと面白いお話をして下さった方がいらしたので、その小話の覚えている限りをここに記したいと思います。

ある何処か遠い国の小さな村人達のお話です。
一人の老人とその未だ幼い子供がロバを牽いて、未来の安住の地に向かって歩いておりました。
とある村にさしかかると、村人達がこの二人の旅人を指差し、笑って言いました。
「せっかくロバを牽いているのに、何故老人の貴方は歩いているのですか。愚かな行動だとはこの事です!」
そこで老人はロバの背に乗り、子供にロバを牽かせて先を進みました。
次の村にさしかかった時、その村人達がこの二人の旅人を指差し、笑って言いました。「貴方とあろう方が、その幼い子供を歩かせて自分は悠々ロバに乗っているとは愚かな行動です!」
そこで老人はロバの背から降り、変わりにその幼い子供をロバの背に乗せ、先を進む事にしました。
またその次の村に入ると、その村人達はこの二人の旅人を指差し、笑って言いました。「ロバは物を運ぶ動物なのに、何故一人はそうやって歩いているのは愚かな行動だと思いませんか!」
そこで今度はロバの背の幼い子供の後ろに老人も乗ることにして、先を進みました。
また、また次の村に来た時はその村人達がこの二人の旅人を指差し、笑っていいました。「何と可愛そうに、ロバは二人もの人間を背に運ばされているではないか。ロバは貴方達には唯一の宝だとしたら何故このロバを二人で抱えて歩いてはどうなのですか。愚かな旅人だ!」
そこで、老人と子供はロバから降り、二人でロバを抱えて先へ進むことにしました。
すると、目の前に遠浅な川が開けていて、二人の抱えていたロバの背を濡らし、驚いたロバは二人の腕から飛び降りて図らずも水に溺れてしまいました。
老人と子供は大事な宝が水に溺れてしまったので、そこで大泣きして言いました。
「私達は何と愚かだったのだろう。もしいままでの多々の知らない村人達の言葉を鵜呑みにしてその通りにしてこなかったら、このように大事な宝を失う事も無かっただろうに。自分達の道は自分達で選び進む事が寛容であると思った時はもう遅いではないか。これからは他人の意見はあくまでも自分の人生に於いては思慮に入れて行動するのが妥当であり、自分の行動は自分の責任で将来を進んで行こうではないか。自分の考えを育てる事こそ宝を失わず、増やす事につながるのだから。」

8/21/2010

もっとも長い朝

一昨夜から昨日にかけて、私の人生でもっとも境苦に苛まされた長い朝を体験しました。
これを書くにあったって、私達家族構成の羞恥部を語るようで、ためらいましたが、私を知る多くの方々が私の人生観に共調してくれて、励ましてくださっているのを思うと、やはり書くことが私に出来る日頃の感謝の念なのかも知れないと、ここに記する事にしました。

一昨日の夜、午前3時半頃に一番下の孫息子Davidが寝室へ来て私達夫婦を起こしたのです。
手には誰かと通話中の携帯を持ち、私達の方へさしだしていました。
「ロビーが話したいって。クリスティーナが音信不通になって、何処に行ったのか行方がわからないんだって」
ぼんやりと未だ眠りのそこから這い出したわけでもない私の頭は、彼の云っている意味をはっきりとは理解できずにいて、そんな時間に電話をしてきた人間に嫌悪を感じていたのでした。
ともかくも、渡された電話を耳にあてると、相手の声も私達と話す緊張と今彼自身が感じている得体の知れない不安の為とで、震えているのが解るのでした。
「本当にこんな夜分に申し訳ないと思いましたが、どうしても彼女の事が心配でお宅に連絡をしてしまいました。昨日半日を彼女はベビーシッターに出掛けたのはご存知だと思いますが、夜11時15分に彼女の電話で『今、ベビーシッターが終わって帰宅するところよ。家に着いたらまた私の部屋から無事到着をテルするから心配しないでね。』と、それで彼女からの電話をずっと自宅で待っていたのですけれど、今午前3時を過ぎたのにまだ連絡がありません。ベビーシッター宅から彼女の家までは車で30分もかからないはずですから、12時を過ぎても電話が無いので何度もこちらから電話をしたり、テックスを送ったのですが全部留守電に直通してしまいます。今までには一日何度も連絡しあっていますからこんな事は一度もありませんでした。彼女が何か事故か事件に巻き込まれたのではないかと、不安でなりません。それで今そちらにご相談の電話を入れたのです」
事の次第を呑み込むまでには何度も繰り返し彼の言葉を聞いたようでした。
彼の云う彼女とは私達夫婦の18才の孫娘クリスティーナの事です。
何と返答してよいものやら考えも浮かばずに電話を側の夫に手渡し、またロビーが夫に同じ言葉を繰り返し説明したわけです。

ロビーは、現在のクリステーナのボーイフレンドで、昨年に不慮の死別を強いられた彼女の元彼マイルズ君の親友であった男性です。
夫は彼の言葉に落ち着いた様子で伝えました。「彼女は先月女友達の家で映画パーティーに出掛けて外泊した事がありますが、その時は君には連絡していたようですが、私達家族には何の連絡も無かった事を思うと、今日も君には連絡無しに親友宅に出掛けたのかもしれませんね。え、もう彼女の友人宅には連絡済みなのですか。何処にも行った形跡はない?しかし、音信を絶って4時間もたってません。もう少し様子を見ましょう。今私達に出来ることはありません。」

私は不安な気持ちが一杯になって、階下に降り、息子の夜勤先航空会社に電話を入れたのですが、丁度フライト点検時であり彼の携帯にメッセージを入れるのみに終わり、さて、もしかしてベビーシッター宅からすぐ隣町のママの所に何か相談に行ったのかもしれないと思って、ママの方にも電話を入れたのですが、彼女は普段から電話を取らない人なので、これまた連絡がつきませんでした。
先月にクリステーナの車の故障を直すのに4500ドルほどついやしたばかりで、来週から始まる彼女の大学寮生活には一万ドル以上も出費があり、彼女は少なくとも私達夫婦に負い目を感じていたのです。
そしてそれほどの出費で補修したにも関わらず、先週にはまた彼女のエクスペディションは完全エンジン停止をしてしまい、またもや補修出費に迫られていた矢先でした。
彼女の両親はといえば、私達の息子は同居していることもあり、月々私達に2000ドルを支払っており、それ以上の出費は私達夫婦が全面的に扶養しているのですが、孫3人の母親は一セントの扶養もなく、法律でさだめられた離婚協議約からすると私達への支払いはもう500万ドル以上の負債を抱えている事になっていて、私達は決してそれを取り立てる裁判などを起こすつもりは毛頭になく、只、少しは子供達の教育費や健康医療費等には少しの協力扶養があっても当たり前なのではないかと私は憤懣やるかたない思いなのは確かなのです。

それで、この週末には大学寮生活に入る事での何か相談事でもママに話しに行った可能性もあるかしらんと考えた私でしたが、日頃の彼女からして、母親をそれまでにも頼りにした事がなかった事もあって、やはりそれは私だけの期待のような思いであった事を知りました。

車の故障で、私のワゴンを運転して出掛けた彼女は、私が翌朝8時には出勤する為に車を私にもどさなくてはならない事を充分に承知の上での外出でしたので、その朝の午前6時にもまだ帰宅していない彼女に夫もいよいよその事の重大さを感じ、行方不明者捜査願いを911警察連絡をいれたのでした。
そのうちメッセージを受けた息子も帰宅、それと同時に2台のパトカーで捜査調査員ポリスがやって来ました。
家族全員と携帯連絡でロビーが、それぞれに事の次第と彼女の動き、自身の情報をポリスはその場でコンピューターに入れて、一時間以内にはアンバーアラート(行方不明者捜査以来)が全域に通報されました。
その時私達家族がどのような思いで彼女の体の特徴や、最後に着ていた衣類の状態、彼女の歯医者の番号で歯型依頼をする手続き、そして彼女の最近の顔写真ーこれは卒業式での写真でしたが、それらを情報に語ったのかを知りえましょうか。
午前8時を過ぎても帰宅しない彼女に、皆の頭にはそれぞれにとても恐ろしい思いが湧いていました。
夫は後に私に言ったのは、このフロリダ近辺一帯がワニなどが凄む湿地運河があるので、彼女が事故で車ともここにはまってしまっているのでは、、と思ったらしく、又私は時折”この人に見覚えありませんか”とミルク箱に載っている行方不明者写真が、私がポリスに手渡した卒業ガウンをまとった彼女の顔が一瞬見えたようで、暗澹な思いでそこにたっていたのでした。

一人のポリスは本庁報告の為去り、そして残るもう一人のポリスも調書が終了し今日のところはこれまでと、今や去ろうとしている時でした。
何と、当のクリステーナが私の車でガレージに乗り付けたのです!!
午前8時20分程。「クリステーナ!!無事だったのね!!」私は車に走り寄り、彼女が差し出したてを握って、声を出して泣きました。
彼女の手をさすり、「貴女というひとは~~!!!」と何度も、何度も言って泣きました。
息子がポリスカーの側から大声で彼女に向かって叫びました。「馬鹿者!!何処へ行っていたのだ!!皆がどれだけ心配したと思ってるのかオマエ!!!」
夫は何も云えずに、ただ涙目で立っていました。
携帯電話でロビーと連続交信中のデビッドは「帰ってきたよオ~、何にもなかったみたい。」
私が大泣きしているのを見て、彼女も泣き出してながら「え!何!何があったの?皆大丈夫なの?どうしたの?何なの?」家族とポリスカーの総動員にうろたえるばかりなのでした。

私は彼女の無事を知り、ポリスがアンバーアラートを撤回連絡しているのを見た時、私はその場に立っている事が出来ずに、家の中に走り返り、椅子に寄りかかって安堵の一泣きしたのでした。

これが彼女の言い訳でしたー

ベビーシッターが終わって、ロビー「にこれから帰宅するから、家に戻ったらまたテルするね」と云ったのは確かだけれど、帰宅中に大学寮のルームメートから電話が入って、今日入寮したから部屋を見にいらっしゃいと云ったの。私達の最初の話約束ではニューヨークからきている彼女が一番早く入って、翌日の金曜に私が入る予定だったのは知ってるでしょう?でも、私は他の都合もあって結局日曜日になったんだけど、彼女が私が2日延ばしたのでちょっと淋しいなんて云うし、だったらちょっと慰めに寄ってあげようかなと思ったの。ロビーに連絡しようと思ったけど、携帯の電源が切れてしまったし、寮に着いたのは12時を過ぎていたから、皆に連絡するのも遅いから迷惑だろうと思って、ルームメートとこれからの大学寮生活の話をしているうちに眠くなっちゃて、それに、本当のところは私が入寮するのが2日伸びただけの話だから、私がそこに一時泊まっても結局誰にも異存は無いと思ったのよ。グランマが8時までに出勤するのに車が必要だという事は知っていたので、朝起きて急いで、運転してきたのだけれど、マイアミの朝の渋滞に時間に間に合わなかったの。でも、ダデイが朝早く帰宅しているのもわかってたから、ダデイがグランマを連れて行ってくれると思ってたし、、、。
私の安易な考えが皆に迷惑かけたのは本当に誤ります。でも、そんなに悪い事しているといった思いはまったく無かった事は理解して欲しい。」

嗚呼、恐るべきはティーンェジャーの浅はかさ、自己中精神。
その後、夫は大学北キャンパスで行なわれた大事な会議には参加できず、しかしそれから自分の仕事をかたずけるべく出勤していったのでした。
私は私で、出勤先に連絡を入れると、支店長が優しくその日を私の定休連休とあわせてくださり支店長も13才の女の子を持つ母親として私の気持ちを思い、その忌むべき体験から回復するようと言ってくれたのでした。
日に日に、先が短く感じる現在の私ですが、これが一生でもっとも長い朝であったと思います。
もう2度とこの様な体験は願い下げです。