9/06/2009

今日をありがとう -メラニーという職場仲間

当年22才のメラニーが私の勤務先ドラッグストアへ市政活動の一環として週一で出勤して来るようになってもう一年以上になります。
小学校は公教育特別クラスを卒業後、市の生活教育保護協会を通して今に至り、このドラッグストアが全国的に身体障害者協力プログラムの社会生活一環雇用者を採る企画から彼女が選ばれて当店に雇用者として迎えられたのでした。
私は最近までダウン症の彼女が中国2世アメリカ人であるのを知りませんでした。
両親が共に中国人で、家庭では中国語で会話をしているので彼女はそれを使い分けるのが上手です。
彼女を受け入れるに当たり、初めは古参のアメリカ人女性の下に就いたのは、会社が彼女がアジア系人間であり、学校と同じ感覚で、普通の英会話を難なく聞き取れるようにとの配慮だったかもしれません。
しかし、私達ドラッグストアに勤務の者が特別に身障者受け入れのトレーニングがなされているわけではなく、「普通の雇用者の取り扱いでお願いします」と言われたところで、そうはいかないのが当たり前のなりゆきでしょう。
彼女の出勤には必ず市の生活教育保護員が付き添うので、この保護員が彼女と一体となって社会生活教育に携わるとの契約が、その保護員が変わる度に、彼女の労力や意気込みや全ての精神面、体力面で変化が多いと私は感じており、しかも、受け入れ側の社員にしても、自分の仕事のノルマを抱えており、彼女を我々同様の仕事をさせるのは無理な事であるために、つい彼女への「教える」という立場がおざなりになってしまっていたのだと、彼女の出勤日が来るたびに私は感じ取っておりました。

彼女は記憶力や学習力には高い評価を見せたのですけれど、その精神力や体力にはかなりの限界があるように私には見えたのは事実です。
22才のこの彼女が時折5才児のように駄々をコネ、仕事を放棄し、何かに不満があるとイライラしても言葉にその不満を言い表せないもどかしい気持ちが彼女を更にを怒らせ、憤懣やるかた無い表情が現れ出したのは、ドラッグストアの誰もが忙しく自分達の仕事と、私生活にいっぱいで、彼女に特別に注目する事も無く慣れの状態になった頃だったように思います。
週一の勤務も彼女の出勤が当たり前になって特別に注目する事柄でもなく、慣れと言う形で彼女の存在はある意味に無視されつつあり、それに彼女自身が皆といまいち職場仲間という輪から浮き上がっており、しかもその存在が忘れ去られつつあると彼女は感じていたのに違いないのです。

或る日、その古参社員がヴァケーションに入ったと同時に私の所に彼女の勤務パートナー役が廻ってきました。
私は支店長に彼女の経歴を尋ね、彼女の受け入れが安易なものでは人間独り、一個人に対してあまりにも軽率な安請け合いにならないよう、そのプログラムの趣旨と合いまるように、勉強させて欲しいと率直な気持ちを話し、家でそれらの資料本などを読み漁ったのです。
彼女が私に発した台一声は「貴女は私の友達ですか。Are you my friend?」でした。
私は一瞬その言葉の意味を考え、彼女が私と職場での繋がりを求めているものと思い、とっさに応えたのでした。「そうですとも。私達はお互いが大事な仕事の仲間です。」
彼女は周りから個人として認めてもらいたいという様子がその態度の何処にも現われていて、その為には気持ちを一斉に導入するけれど、誰もが「あ、そう」的おざなりな態度を見せると落胆し、体も心も動きを止めてしまいストライキ状態に入るのが解るので、私は今回同席の教育保護員のコーチと相談の上、彼女の精神衛生を一番に取り上げて、それが体力アップにも繋がるよう協力してもらう事にしたのでした。
コーチの話によると、彼女は周一の出勤がとても楽しみなのだそうだ。
今現在は私は自分の立場や他社員達のしがらみも含め、職場における自分の立場を確立しつつある彼女の勤務は自由に選ばせているのですが、それでも「この仕事をヘルプしたい」と私の所に必ずやって来る彼女です。
そして、出勤一日の終わりに彼女は必ず私に「今日をありがとう。また来週」と挨拶し、私も「こちらこそ、今日をありがとう。また来週」と応えるのです。
こうして、私たちは職場仲間として一緒にどこまで行けるのか、今の私には皆目検討がつきませんが、少なくとも少しは彼女が一個人として社会に受け入れられていると感じて生きている事に彼女の将来が明るいものとなっていって欲しいと考える私です。