7/26/2009

番狂わせと命引換券


我々家族に付属する人間ではあったのだが、何という番狂わせを我が家に持たせてくれた事か、M君。
貴方はたった21歳、成人になって間もない若さでこの世を後にするなどとは、誰が考えた事だろう。
あまりにも突発的事故によるその死は、多分当のM君自身もまだ納得せずに、事の成り行きを不思議がっているやもしれない、と私は思ったのだよ。
哀しみに打ちひしがれて、泣き叫ぶ我が孫娘を貴方は、きっと「どうしたの、僕がここにいるじゃないか。泣かないでおくれよ。綺麗な自慢の髪も涙に濡れてグシャグシャだよ。僕にどうして欲しいの、言ってご覧」と彼女の頬にキスをしたかもしれない。
でも、もう彼女には君の姿が見えないの。もう彼女には君の声が聞こえないのよ。
君がフロリダ州大会個人入賞をした、そのトランペットの音色さえ、もう届かない。
心の優しい君は、いつも人の手助けをしようとするのだけれど、今回ばかりは全く予期せぬ事故に君が会う事になり、皆が「そんなに他人にも優しく、いつでも手助けを一生懸命やる事ないのに!」と思ったかもしれない。
雷に打たれる死亡者は、この州では珍しい事ではないけれど、君の場合は嵐による市の電圧が地を伝っていき、車故障に困っている人を助ける為に車からおり、その場で電線排除を試みた君の体に感電したという。
その日のローカルニュースでも君の事故死を何度も放映したんだってね。
私達はとてもそのニュースを見る勇気がありませんでしたが。
天災と人災が一辺に君の身に起きるなんて、、誰がそれを予期したことだろう。

もしもこの世に命のクーポン引換券なるものがあるとしたら、私は何のこだわりも無く、私のクーポンと君のを取り替えてあげる事が出来ただろう。
本当に本当だよ。
孫娘の大事な、大事な人だもの。
君のご家族も皆自分の命と代わりたいと思っているのは知っているけれど、皆それぞれがまだこれからやはりしなければならない責任の様なものを背負っておられると思います。
とても暖かいご家族ですものね。君のような青年が育ったのが納得するような方々です。
そして孫娘は君のご家族皆に、それは可愛がられて何と幸せな娘だと、いつも感謝していましたよ。
私も私の家族にとても愛されているのは承知です。
でも、私は今までにもう沢山の良い思いをし、やる事はやってきたし、私の一応のお役目も済んだように思っているの。
それこそ次の番待ちに控えている私の夫は、彼の命の炎が細りきって今にも消えそうな状態なんだけれども、彼にはまだまだ孫達の保護者として頑張ってもらっているから、彼のクーポンは誰にも取り替えられないの。
それにしても、どこをどう視た所で、君の他界は番狂わせの以外の何ものでもないでしょう。

私の母が姑と舅の同時葬儀の後(この私の祖父母はアルツハイマーを長く患って他界した祖父の葬儀に集まった人達にm祖母は夫の世話役として一応の仕事を終えたと皆に挨拶をしてから、その同日祖母は息を引き取るといった典型的な夫婦の形としてダブル葬儀になったのでした)私に言いました。
「この二人の人を弔った後の私の思いは、さて、次は私達の代があの世への番だと思っただけ。」
そして、数年後、その母は出番待ちどおりとばかりに逝き、暫くして父が逝った時、私は母の思いと同じに「次は私の出番だ。」と思ったのでした。

夫が余命数ヶ月と言われた8年前には、私は思ったのです。
『いえ、まだ貴方の出番ではありません。やって貰わなければならない事が沢山あります。』そして駄目モト的手術に於いて「貴方、手術から必ず目覚めて、その様子を私に全部報告する事を忘れないで下さいね」と言った私の言葉に彼は賢明に『手術室やその様子を覚えておいて妻に知らさねばならない』と思ったそうで、大逆転ミラクルを起こしたというウソのような本当の話です。
その時は私は私の命の引換券を彼に渡そうとは思わなかったのは、その時は私も彼同様、まだ私達の人生に於ける責任の様なものは果し終えていないと思っていたからです。
孫達の責任者としてまだ子供達の成長が心配の原因でした。

今はあの時とは違います。
今は、子供達も成長し、一応の私の役目は終わり、今の私は母がいった出番を命クーポン券を手に、ちぎり天使を待っている日常です。
しかし、たった一枚きりの引換券、無駄にこの命クーポンを使う訳にはいきません。
私の本音としては、夫の命引き換えクーポンを取り上げてしまって、破り捨て、彼にはいつの時までも生きながらえて欲しいのです。
家族皆が彼を、その彼の思考力と、生産力をまだまだ必要にしているのです。
「そんな命引き換えクーポン券なんて、実際には無いのだから、ナンセンスを愚痴るのは善くない!」と息子に怒られてしまったけれど、私の本心を言ったまでの事。
もしも、私にその命引換券が実際にあったとしたら、私はこれを今、使いたいと心から思います。
M君に戻ってきてもらいたい。
何よりも私には孫娘の将来が大事なのです。
M君、兎に角君の急死は番狂わせなのですよ。
私は逝ってしまった君を責めているのではないのです、M君。
私は君を家族の一員として迎える日を見たかった、そして孫娘の笑顔を何時の日も願っているだけなのです。
私達が出番のその時は命引換券を天使に渡す時、君のトランペットが高々と鳴るのが聞こえるのでしょうか。