7/16/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(12)


その(12)ある秘密

円子は自室に戻るまで、後ろに栄子の小言が耳に届いていたが、ドアの中に入ると外の音が締め出されたように静かになった。
どうして満が自分では何も円子の質問には答えてくれないのに、私を独りで外出する事で、監視の目を栄子に厳しく言いつけたりしてるのだろう。
円子は父の満が実父では無い情報を得て、急に彼に対する対抗攻撃のような意識がつのるのを覚えていた。
香織に連絡しておかねばならない、と携帯をバッグから出して椅子に腰掛けた時、
窓の庭向こうにシルバーのスポーツカーが木々の合間を正面玄関に向かって見え隠れしているのが目に入った。
庭門前のゲートが開けられたのだから、知り合いや、関係者以外の物売りとは考えられなかった。
高級車らしいその車に見覚えがないと言うわけでもないが、こういった車は街中には沢山ある。現に私の友人の一人にもこの種の車に乗っていたと、「あっ」と円子の頭がその考えを急速にまとめにかかったかのような、衝撃を受けた。
その車と同じのを持つ私の友人?いや、私は友人を持っていたなどとは思えないけれど、香織さんがいってた私のボーイフレンドかもしれないと云う人物、その人の車の種類と同じなのだろうか。
落ち着け、落ち着いてよく考えてみよう。何故、サエさんのアパートからU安堵I街編集会社に通う事になったのか、何故サエさんの所で記憶が途切れてしまったのか、その時私を病院に連れて行ったという、私が切りつけたという男性は、、。もし、今ここに来ている男性がその私のボーイフレンドならば、彼は決して私には悪意を持っていないだろうから、彼に会って話を聴くのが一番手っ取り早いに違いない、、。そうだ。大丈夫、会ってみよう。

「あァ、貴方は、、、」円子の声に階段下のフォーャーで栄子と話していた男性が顔を上げた。
「円子お嬢様、今お声を掛けに参ろうとしていたのですよ。丁度いらして下さって良かった。会長秘書の高田栄哉さんです。何度もお越しいただいているのですが、いつもお嬢様はお休み中だったり、お庭散策中だったりで、ご挨拶できないでいらして、、」
栄子がそう云い終らない内にも高田が白い歯をみせて円子に笑いかけていた。

今日こそ円子に誤解を受けずに、話を最初から聴いて欲しいと高田は言った。
「会長を或る企画の会議会場に送ったその足で、貴方とゆっくり話ができるかもしれないとこちらに参上したのです。」
無論円子の頭は混乱し、さて、この男は私にとっては見方なのか、それとも今までの私の過去を打ち消そうとした原因を造った悪魔の見方なのかと、目を凝らして高田を見下ろしていた。
どちらにせよ自分の身を明かす鍵を握っている人間である事にはまちがいないと思う気持ちが優先権と握ったかのように、そろそろと、しかし、高田からは目をはなさずに、彼に引き込まれるかのように近寄っていった円子であった。
高田は円子の手をとり、静かにダイニングのフレンチドアを開けて、庭パティオの椅子に円子を座らせ、その手前にあるもう一つの椅子を円子の真正面に置いて自分も座り、前に屈む様な仕草をして両手を合わせ、少しばかり頭を垂れて思考をまとめる様な感じに目を先に宙に浮かせたのちに、思惑顔のまるこの顔を直視して話を始めた。
そして、夢遊病者のように高田に連れられてそこに来た時、急に円子は自分の解らない事を質問したいはやる気持ちが湧くのと、高田の話を全部話を直ぐにでも聴きたいと思う気持ちが同時に起きて円子の口を開かせていた。
「高田社主、いったい如何云う事なのですか。私は、、」と言いかけたのを、高田が合わせていた彼の両手を開いて掌を円子の言葉を受けるかに柔らかく制し、「大丈夫、話の後で、また解らない事が出来たら、説明するとして、今はまず、私の話を聴いてください」と言った。

事の次第はこうして高田栄哉の出現により、記憶を取り戻す大きな力として円子の頭脳にいとも急激にその形をあらわにした。
それは円子が確実に自分が誰なのかと云う事を解らせ、過去の自分が現存していた事を知らしめたのである。「私は確かに保志加円子と云う名を持つ、一個人です」と円子は声に出してそう云ったのは、それまでの人生を反復しての感慨でもあった。
始まりは、全てが坂下満の一つの計画から円子の人生が変わる事に繋がる。
坂下満がまだ坂下という姓を受ける以前の名は保志加満という。そうなのだ、満は円子にとっては伯父にあたる。
どちらかといえば野心に燃える、が、饒舌で、良い意味にも、悪い意味にも活動的な青年であった満は当時長年に渡って付き合っていた恋人と簡単に別れたのは、その野心の為であった。
富豪の娘坂下輝美の一族が経営する会社に採用されて、輝美と共に会社運営の手助けをする身となったからであった。世間にはよくある話である。
その時経営不振気味であった坂下一族を新しい改革に燃えた満が別会社を企画経営する事で景気の波に乗り、満は誰の目にも輝美には相応しい伴侶として映り、順風満帆の経営者として坂下家に迎え入れられたのであった。
しかし、その昔から一族には呪われた血と呼ばれる得体不明の病状が輝美一家を襲い、最期の輝美までにもその悪魔の手が及んだ事と、満が経営活動お遊びに飽きてきていた事もあって、結婚後数年のうちに満の夜の街に魅せられ、女から女と夜遊びに余念がない時期となった。
当時は坂下満として実業経営者青年ともてはやされ、雑誌や週刊誌などにも取り扱われ、満にとっては有頂天の最中でもあった。
重役達が満の女沙汰であちら、こちらを奔放する中、ついには病身の輝美の耳にもその満の火遊びの件が及ぶ事となった。
輝美は彼女なりに、病身の身が二人の間に坂下家を継ぐ子供を設けられない事に負い目を感じ、願わくは、せめてその満の血を継ぐ子供を養子縁組をしたいと申し出たのであった。
当初の満は、そんなバカバカしい養子縁組など出来るものか、と考えていたので、いつもその話になると、のらいくらりと逃げ足で真剣に輝美の思いを汲み取ろうとは思ってもいなかったのだが、そんな満も或る日彼の弁護士から坂下家の経営に関しては今現在には輝美が全面権を握っており、その事で輝美から坂下家を満が今後に渡って経営をし続つけるのは困難になる事を告げられた。
輝美が代々続く悪しき血により、最期に自分も病身に倒れた事で、満との間には子供が設けられないのだと知ったその時、彼女はそれを坂下と養子縁組した満に彼の血を新しく継ぐことで忌まわしい病から坂下家が逃れるたった一つの希望としたのである。
輝美は病身であるが上に、満が自分以外の女性と密接な仲になる事を知っていた。
そして彼女はそのような満の行動を、忌まわしくも思いながらも、満がその女から子を設けて、坂下家に迎えてくれるのを期待もしていたのであった。
他人が坂下家を継いで行く事は、何とも口惜しくもあったが、輝美にはその方法でしか坂下家に新しい血に変える事は不可であるとそう決心していたのである。
確かに、満は青年時代からの遊び癖が坂下家に養子縁組をする事でおさまったわけではなく、一時はおとなしく坂下家の婿を勤めていた彼も、彼の腕で会社を立ち上げ成功の途に再建を成し遂げた事で、多いにその業を認められ、彼自身も自分を坂下満として世に知られるようになってきてからは、それまでの遊び好きな面が表にも出して人はばかる事もなくなったものか、夜の街では商談と称して大手をふって豪遊していたのであった。
自分の血筋を継ぐ事を嫌った輝美ではあったが、全くの他人を坂下家の子供として養子縁組をすることには全面的に抵抗があったのは、満が下降の途を止め、坂下家を元の財を超えるほどの成功を収める幸運の男児と信じたからであり、そしてその血筋に坂下家の財脈を変えてもらえるとの希望が輝美にそのような覚悟の計画を決心したという事自体、ある意味には単純極まる哀しい女の業でもあった。

幼少の時期から輝美は坂下家を継ぐ最後の人となり、満との婚姻で子を設ける事が自分に架された重大な任務であると頑なに信じていたのだが、二人の間にはそれらしき兆候が現われず、少なからず不安におののいていた輝美の期待は彼女が病に於かされた事により、忌まわしい悪魔はやはり輝美をも逃してはくれないとはっきりと悟ったのだった。
それを期に、それからの彼女は自分が坂下家を継続していくすべを考えあぐね、悪魔の手によって葬られる前に何とかせねばならないと、苦肉の策を企てたのが、前に述べた、満が外で生ませた子供を引き取る事で、坂下家が栄える力の備わった血を迎え入れて、その悪魔にしっぺ返しをしてくれようというものであったのだ。
ところが、満にはその様な輝美に対して云う事をはばかる重大な秘密を抱えており、輝美の望みをかなえるべくその宣言は、満の腹の中で黒い固まりを生んでいたのである。
満を脅かす黒い固まり‐それは、満には子を孕ます要因を保持してはいないという事実である。
満自身がそれを知ったのも偶然の皮肉な事の成り行きと云わねばならない。
満の大きな秘密、そしてそれが、保志加円子という一人の人間の人生を大きく変える事となった原因に他ならないのであった。

続く