7/05/2009

円子の「こんなもんかい」物語 その(10)


その(10)情報

円子が邸内に迷い込んだ猫から自分の過去の生活を少しずつなりにも、思い出す糸口となったのは多いに歓迎する出来事と思われた。
以前にコンピューター使用をよくしていたのかも知れないという思いはあったのだがこの家に来て以来、部屋に置かれているパソコンを触る事は無かった。
それが、猫を見た連想からか、また何やら急に思い当たるものが出来、あれこれと情報を詮索しだした事は、あの迷い猫のお陰だと感謝したい気持ちになった。
パソコンの知識はどうやら人並みか、それ以上にあるらしい。
過去にパソコンを日常で使う環境にいたのだろうと再認識できた。

まず、ここへ来る前に入院していた病院名からと、父親という初老男性名から、その会社や関連会社も解り、自分がどのようにしてここに住む事になったというのが、まるで推理小説の応え解きのように、あちら、こちらと情報を繋ぎ合わせて、広い範囲に渡っての情報を得る事が出来、もっと早くにパソコンサーチに気が付かなかった自分が悔やまれた。
栄子が話してくれた、父親の妻、円子を養女に望んだその人は坂下輝美という。
明治時代に皇室御用達商家としても名のある船会社でもあり、海外貿易の様な政府機関で富を作り上げた一族で、その後視察やら商業取引やらで海外を行き来するうちに、その時代の疫病に多くの使用人や当の主人までもが悲惨な病死を遂げ、その親族一家の生き残りの子供が輝美というわけであるらしい。
そして、当時、貿易関係から別会社を次々に起こした野望の青年として輝美の養子婿に白羽の矢が立てられたのが今の坂下満であり、奇しくも最期となった坂下家の一人、輝美までもが病身の身となった時から満が坂下家の運営を当然ながら続けて行く事となったとその各社歴代期に記されていた。
坂下家の歴史は一応解ったとしても、何故、坂下家に自分が養女に迎えられたのか、そこの経過が今ひとつ円子には解らなかった。
と、円子と自分の名を詮索に叩き込んでみた。
すると、どうだ。画面中ほどの一つのブログに過去の記述として『一体、どうしちゃったの、円子さん。あんなに一生懸命に仕事をしていたのに、やっぱり、社主の紹介だったから、コネ入社先輩の私としては、自分の将来にも不安を感じています。保志加円子さんを誰か見かけたら、私に連絡下さいね。お願い‐-』というのが載せられていた。
驚いた。
そうだ、病院のカルテにも本名で書かれていた私の名。
名前ばかりか、苗字でも虐めの対象になった事もあった、保志加だ。確かに。
そして、そうだ、確かにサエさんが私を抱えるようにして「大丈夫?しっかりして、円子さん!」と私を呼んだのだ、あの時。
それで、その後はどうなったのだったか、ああ、あの時小さな女の子が私に何かを手渡してくれたのだった。
木で出来た棒のような、、、あっ、そして血が、、男性の腕に血が、、。
私がその男性の腕を切りつけたのだ。何故。その男性は誰なのか。
病院でも私が殺傷事件を起こしたショックで記憶を失くしたと案に知らせてくれたけれど、それはほんの些細な事故程度のもので、その傷を負った人は私を捕らわれの身にするのには至らないものだと立証したのだという。
でも、だったら、どうして私はその後それほどのショックを受け、記憶さえ遠くに押しやってしまったのか。
あの時、女の子が私の側にいたのは何故。いや、違う、どうやら私はその女の子を知っていたようだ。だって、あの時私の目を見て意味ありげに笑ったと思う。
そして私も、その子に目配せで応えた、、。 
ここまでは解ったけれど、サエさんなる女性に、会って事情を聞かねばならない。
それに、このブログの発行人は本名が乗せられていないにせよ、私の名を名乗って問い合わせてみれば、もっと何か私の個人情報を詳しく知っていそうだ。
そんなに遠い昔の話では無いもの。きっと色々な事が解るに違いない。
どうか、まだこのブログを継続していますよう。
そして私という人間の過去の生活状況を説明してくれますよう。
もうすぐ、何もかもが私に納得がいくものとなるに違いない。
円子は今、自分が興奮の真っ只中に身を置いているのを意識していた。

「円子さん!本当に円子さんなのね!」会う約束の時間より早くその場にきていたのにも関わらず、その女性は円子の姿を見つけて、小走りに走り寄ってきた。
もう、どうしちゃったのかと、随分心配したのよォ、急に長期病気欠席だなんて云われたって、誰も、何にも知らないって云うし、あの社主にしても「いや、そうじゃない。他の会社に呼ばれて、長期滞在許可証を出してやったのだよ」と云ったって、その会社名も何の情報も私の課に廻っても来なければ、誰も何も聞かされてないってのは一体如何云う事なのか、私にはどうしても納得がいかなくて、、。社内の皆の個人情報は私が把握しているとばっかり思っていたから、もう、円子さんの休職には本当に驚いたし、何か犯罪にでも巻き込まれてしまったのかと、随分気をモンだのよ、これでも私。
円子の向かいの椅子に座る間も惜しいようにまくし立てる、その女性の名は喜多波香織と自分を名乗り、「私の名前も憶えてないって、、何故?如何して、、?」と目を丸くして見せた。何故、如何しては、円子の方が聞きたい質問である。
円子と一緒に勤めた仲間だという香織は、情報管理課での経験を活かして、というか、それを理由にして、各社員、役員達の私生活情報にも精通しているのだが、何故か円子の私生活についてはあまり知らないらしい。
ただ、円子が社長、いや、社長ではなく、社主というのだそうだが、その人の親類の男性が私の元彼なのだとかで、最初の一日には彼が一緒に社に来たのだそうだ。
そう説明をされても、何だか本当にそれが私だったのかとちょっと疑いたくなるような身に覚えの無い話を聞いているような円子であった。
「私ね、あれから松谷さん、あ、貴女のトレーニング期間の係りというか、社則や色々お世話係というか、その彼と相談して貴女の事を探した時期があるのよ。社主の右腕と云われている、私のハトコの京子さんも何故か貴女の事に関しては何も聞いて無いらしくて、彼女も貴女の消息は解らなかったの。妙な話でしょう?で、今はどうしていらっしゃるの?」
せわしく口を動かしていた彼女だが、ふと口を閉ざし、目が宙に浮いたかと思うと、天井を指差して云う。「この、音楽、、私この歌手の大ファンなの。ほら、いつか一緒にコンサートに行こうって言ったら、円子さんも『いつか是非』と言ったの覚えてるかしら?」
そうだ、そうだった。そこのところは私も覚えていると円子は思った。
円子の事が気になって、あれこれ社中の噂や情報集めに忙しい思いをした或る日、そんな状態を松谷康成とそのコンサートにもでかけたりで、香織と松谷は以前よりも近親間を覚える仲となり、ついには婚約を交わす仲になったそうである。
「円子さんが私たちの仲を取り持つキューピッドだったの」と鼻の上に少し皺を寄せて笑う顔に円子は覚えがあった。

高田栄哉、たかだえいや、、何度か心の中で呼んでみた。香織は、どうも社主の高田が円子の過去を知る人間に違いないと言ったのを頭で反復したからである。
円子にはその姿にも名前にも何も知るところが無いと感じていた。
香織が見せてくれた社員一覧表と顔写真にも、そして社主の言葉を題して高田の姿が写されている「U安堵I街」のタウン誌を見ても、自分の過去に関わりがありそうな思いはどこにも感ずるところは無かったからである。
しかし松谷が書いたという新入社員紹介の円子の記事から、何となく自分という人間がそこに一時期いたという証明には充分でもあり、そして、旧住所のところには円子がバス出勤しているとの補足もあって円子はそれらの情報を聞かせてくれた香織に対して、多いに感謝したのであった。
お互いの連絡先を知らせ合い、必ずまた連絡し合う事を約束して香織と別れたその足で、円子は過去に住んでいたという住所を尋ねて見る事にしたのである。
「迷い猫さん、香織さん、松谷さん、ありがとう、少しずつだけれど、私は私探しの核心に近ずいて来てる様だから、、」
円子の心は自分を見つけ出す事が、自分を知らない事での不安の闇に光をかざすものに違いないと確信を持って、更なる興奮が波のように押し寄せるのを覚えていた。