6/21/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(4)


その(4)新入社員

「保志加君は結構真面目人間というか、あまり社交慣れをしてないというか、静かな性格だよね」と松谷が少し皮肉を込めて言うように何をさせても、「ハイ」とか「解りました」と云うばかりで、自分から進んであれこれと知りたがる様子の無い新入社員としては、もう既に壁の花化してしまったかのような円子の態度が物足りなく感じ始めていた松谷である。
「ね、京子先輩、どう思います?保志加君ってなにか意味あり人生を背負って生きてるんでしょうかね。妙に空気化してるふうで、存在感に薄いと思いませんか。」
「空気化?人にそんな表現は合ってないと思うけど。マっ君、それより彼女の新入歓迎欄にちゃんとインタビュー記事を載せられるのでしょうね」
「だから、それの事ですよ。新人紹介を書こうにも、彼女あまりにも無口で、笑顔でいても何だか得体が知れないというか、、。掴みどころが無くてですね、自信の記事に出来そうになくって、困ってるんです。何も聞かされていなかったのに、或る日急にですよ。-松谷君彼女を数ヶ月教育して、この会社の職種選択の適正を見出してみて下さい-と、云われたって、僕としてもちょっとどうしたら良いものか考えあぐねてもいるんですよ。今までに無かったですよね、こういう入社新人の訓練とか教育なんて始めての事じゃないですか。何だか自分の勤務がベビーシッターに格下げになった気分で、僕にしても大して得な立場に立たされたとも思えないし、先輩なら社主の思惑が何なのか知ってるかなとも思ったのですよ。」松谷は言っている言葉にしては大して気重そうな様子も無く、ある意味ではゴシップを探求してる他の女子社員と同じ軽々しさを見せて京子の考えを知りたがっている風な口ぶりである。
「何を君らしくも無い。質問に答えた事だけを自分でまとめてストーリーにしあげたらいいんじゃないの。別に嘘話を書くわけじゃないんだから。それにほんの数行の紹介記事でしょう、そのくらい巧く書けなくてはインタビュアーとしてはこの道で食べていけないわよ。」髪をポニーテルに結ってはいるが、なかなかの美貌には向いていない男勝りといった感じの喜多波京子が松谷を軽くあしらう口調をするのは、この会社では古参の立場であるからなのだろう。
確かに、あの新人は顔は笑っていても、宙をさ迷っていそうな風に動いている両目は決して笑ってはいないようだった。松谷が掴み所が無いといったのは、きっとその不自然さが云わせたものかもしれない。京子はそう思った。
京子は会社創立時からの社員であり、噂では社主高田栄哉の大学時代の同級生で、何かの文学系サークルの仲間でもあったところから、会社創立に当たっては資本以外での影のサポーターとして事実上の仕事のパートナーなのだと云われている。その彼女が何故庶務課に居るのかといえば、実際のところは彼女が各課を全体的に見回るからなのであって、事実上ではどの課に属している訳でもない。
今日とて、新入社員が高田の一存で採用されたとの話で、その様子を視察に顔を出しただけに過ぎない。
高田が京子に相談無しで新人を採用したのは今回が初めての事であり、その教育係の松谷から事情を聞こうと思っていたのが、反対に彼がその新人の採用には何のバックグランドをも聞かされていないと、思いあぐねて京子に助けを求めてきたのであった。
学生時代にやっとこぎつけてこの会社を起こした時はわずか数名の仲間が小さな机をぐるりと回り座って、頭を突きつけながらアレコレ討論をしつつ書き上げた薄っぺらで、中味も今ほど広い地区を対象にはしていなかった。
しかし、今はあの頃とは規模にかなりの変化がもたされ、小さなタウン誌発行社といっても、文科系のエリート下りとか、美術担当者には相当の芸術性を持った人間も集まってきていたので、ちょっとそこらの専門文学雑誌や週刊誌、料理本などを読むよりローカル性があるだけにもっと身近に感じられて面白いとこの数年では発行部数を増刊するほどに売り上げも毎年昇ってきている。
京子はこの会社を高田と共にやってきた事に満足するというより、彼女自身の生活そのものがこのタウン誌と云っても過言では無いと今は思っている。

ふと目を渡した京子の目にその新入社員を迎え待つ机の上に誰があしらったものか、今までに、例がなかった新入社員歓迎の意図らしい明るい花々が飾られているのが見えた。
しかしいったいあの新人の彼女は何者なのか、どうして私に知らせるのが遅れたのだろう。
今度は京子が怪しむ番であった。

続く。

円子の「こんなものかい」物語 その(3)


その(4)就職生活の始まり

紹介されたその会社は小規模だと聞いていたのだが、円子が頭の中で考えていたよりも、はるかに想像を上回る大きな建物の中にあり、上階ワンフロアーもの広い6部屋全室を各課で分けられており、一番小さい、といっても円子のアパートの自室よりも倍はあるだろうかと思われる広さを持つ一室に自動販売機やテーブルが置かれていて、座り心地の良さそうなソファーもある社員休憩室となっていた。
社員の憩いの場所もゆったりとしているからには、接客応対室はさぞかしのものだろうとまだ見ぬ室内を夢見心地で想像した円子である。
啓真の話ではそのビルの建物自体が啓真の叔父の物なのだという。
それが実際のところは、その叔父、啓真と父親を同じくする、高田栄哉の所持するところなのか、またはその母親の所有地であるのかは詳しくは知らない。
それより円子には、何故啓真が自分の腹違いの義兄を「叔父」と呼ぶのかが腑に落ちない。
しかし、それとて多分年の差からか、又は何か世間体を見積もっての事なのだろうと、そこのところを根掘り葉掘り細々と知る必要性も特にあるとも思えず、知ろうとも思わなかった。
そこに入社して雇用人として働くようになったところで、上司の家庭事情を把握しておくなどの私生活に立ち入るのは秘書に雇われる訳でも無い円子の職務とは到底考えられない、無用な事であろうと心して納得していた。

私生活は仕事には無関係だものね。私だってあれこれ私の事を詮索してもらいたくないもの。円子は思った。

「小さな広告紙で、この街のコミュニケーションの掲示板のような役目をしているんですよ。」と気軽に対応してくれた社主の-どうやら、この会社では社長とか編集長とか言わないらしい-高田栄哉は円子が考えていたよりずっと若くて、小柄ながら鋭い目付きを持った青年であった。
叔父さんなんていうから、もっと年上の人を想像したけれど、事実上は啓真さんのお兄さんに当たる人なんだもの、30代半ばでもおかしくは無いのよね。
円子は心の中で啓真の説明不足にわずかに不満を感じて、自分の勘違いを苦笑したのだった。
何の特技も経験も持たない円子を初めは庶務で走り使いのような係りでも構わないのなら、徐々に仕事に慣れてもらってから適正のある課へ配属される事になるだろう。雑務の毎日は辛く遣り甲斐が無いと感じるかもしれないけれど、それも修行だと思って頑張って下さい、と庶務課の上司がフレームが緩くなってずり落ちるのを防いでいる為か、左手で眼鏡の下部を支えながら、今後の円子の暫くの日課になるアレコレの説明を始めた。
「あ、松谷君。こちらに来て、保志加君のトレーニング期間の指導係りを願いますよ。」それまでは相手から聞かれた事柄だけを「はい。そうです。」とか「いいえ。」のみで応えてきたのだか、思考を言葉で表す事に不得手であると云う事が、返って口煩い女史とはちょっと違うところが目立ったものか、一応に快い方向に事は進んできている。

「松谷康成です。宜しくお願いします。」
え、どうして庶務課の指導者が男性なのかしら。普通、大抵の会社なら庶務課は女史が活躍してそうなのに。でも、いいか。私にはあれこれ云う権利も無ければ、 コネで採用してもらったのに、それをも巧くこなせないとなるとこの後は何もないんだもの。
「は、はい。こちらこそ。宜しくご指導お願い致します。」考えている事が表にでたのではないかと、慌てた円子の始めての社会人としての一声である。

ただ社内を紹介と入社の挨拶をする為に廻ったに過ぎないのだが、帰宅時の円子は頭の中が新しく見知った事柄や人の顔やでグルグルと廻り動いているような錯覚感さえ覚えるほどに体中のエネルギーを消耗してしまい、ベッドに倒れんばかりに体を横たえた。
この一週間の間に何と自分の生活が一変した事か、平々凡々にそこそこ、寮と学校の行き来での生活とは天と地の差ほどの変化の毎日であった。
当たり前の事ではあるのだか、廻りの全てが新しい事、始めて見知る事ばかりであった。「大丈夫なのかしら私、」と声を出して自分に問うてみた。
自問自答にはなれていたはずの円子は今回はただ自分の声が聞こえただけで、答が戻ってくるはずも無く、自分の人生路を戸惑っている間も無い中で、周りが勝手に円子の背を押していくに身を任せるままの流れの中にいるだけのような自分がおり、これもまた別の意味で他人任せで消極的な自分を意識せずにはいられないのであった。「もっと、しっかりしなければ、、。でも何を、どうすればしっかり者になれるというのかな、、。」所詮、三つ子の魂百までもというではないか。自分の消極的、排他的性格を今更どれほど変える事が出来るというものか。
新住居や就職も決まって一番浮かれてても良いはずのこの時を、円子はまたもや不安感にさいなませれていたのであった。
重い気を振りきるようにベッドから降り、少し遅くなってしまったが、軽く何かを作って夕食を済ませてしまおうと台所に立った時、閉まっている窓のカーテンの外で子供の声が聞こえたような気がした。
隣りか、向かいの棟の家族が窓を開け放したままでテレビでも見ているのだろう。
家族団らんの笑い声がまた高くあがり、子供の笑い声を打ち消してしまったようだ。
家族団らんか、、。今の私には無縁の生活だな。円子はその時、幼い頃に祖父母とテレビを一緒に観て笑った日々を思い出して少しばかりセンチメンタルな気分になったのであった。
あら、また子供が笑ってる。何がそんなに楽しいのかな。いや、笑うという行為だけで充分楽しくなってしまう事もあるから、笑って楽しんでいるのじゃないかな。多分。意味も無く笑ってしまう時もある。
でも、私は笑うような気分ではないのよ今は。
そんな事はどうでも良い事だ。
今日は早く寝て、また明日から何を頑張れば良いのか解らない「ソレ」を頑張らなくっちゃあ。ソレって、、何だ。ま、兎に角、頑張る事には「アレ」も「ソレ」も関係ない。兎に角生きるという事全体の事だろう。
何だか訳の解らない納得付けをしてしまった円子の耳に子供の笑い声がまだ聞こえていた。


続く。