6/13/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(2)


その(2)向かいの女の子

保志加円子の人生として、ある意味に区切りが出来たと感ずる様な次の人生生活の幕開けである。

古ぼけた2連きりで各部屋が同じ間取りらしい、6畳一間にダイニングキチンの間らしい空間と、押入れらしい小さな収納棚が取り付けられている、その小さなアパートの一部屋が円子にとっては学生寮よりも独りで居られるだけに、心地良い自分の城としては充分満足できる住まいとなった。
狭くて細長い花畑と、誰かがつくっているのだろう野菜畑といえるかどうかわからないくらいの植物が2,3本の筋の中央に何やら新芽が伸び生えてきている。その向かいには背合わせになったアパートの連が建っていて、家族らしい人影がその窓からもカーテン越しに見え隠れしていた。
2階建てでは在るが、建物が古いので何となく昔の映画に出てきそうな、長屋を思わせるところも、今までの自分のあり方からも、派手に社会にデビューをかざしている事を大袈裟に発表しているかのような無理を感ぜずにいられるのが、円子にはぴったりの住まいだと一人安堵してもいたのである。
やはりちょっとは可愛くした方がいいかと手作りでHOSHIKAと水色の油性ペンで書いたネームタグをドアの外に掛けると、なかなかそれらしい女の城といった感じが増したように思えた。
そうだ、キチン窓と居間の窓にも同じ色で明るい色のカーテンをしよう。
円子は寮生活での共同作業にはウンザリしていたのだが、今度はただ自分ひとりのために、自分がストーリーのヒロインになった気分を味わえる事をこの時、はじめて物を考え作り出すと云う事が自分の為であるのを何より嬉しく思えたのであった。

あら、あの子何を植えているのかな。
明るい色にしたカーテンの合間から女の子、年の頃5-6才だろうか、小さな背を丸めてアイスの食べ残りの様なステックで土を掘り返しては何かを埋め込んでいる姿が見えている。
窓まで近ずいてそっと様子をみると、その子は楽しそうに小声で歌を唄いながら土いじりに満足げな笑みを浮かべているのが見て取れた。
その姿をみていると円子までが何やら愉快な気分になってきて、今までの人生で必要に駆られての場合以外では自分から人に声を掛けるなぞとは思いも寄らなかった彼女もつい声を掛けてみたくなり、「ネェ、何を植えてるのかなァ。大きく咲くといいね」と手を振ってみた。
その子は誰も見ていないと思っていたのだろう、ちょっとギョッと驚いた風に立ち上がり、声のする方に目を追いやったが、くるりと小さ後ろ姿を見せたかと思うと小走りに建物のかげに隠れてしまった。
なァんだ。愛想がない。でも私の小さな頃と同じだ、無理ないか。
そんな事より、これから職探しをしなくては、、。
身寄りも知り合いも無い私だから、まず、前のアルバイト先の先輩に情報を提供してもらって、その足でハローワークにも登録しておかねばっと。
コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら身支度にかかった。
髪を束ねている円子の目に窓越しのカーテンの隙間から、あの逃げ去った女の子がまた畑の隅にしゃがんで小さな手で同じ場所を掘り返している姿が見えたが、もう円子には声を掛ける気も薄れており、何の興味も無くなっていた。

「お出掛けですか、いってらっしゃい。」
階下に降りなしに、円子の入居を快く受け入れてくれたあの大家さんが声をかけてきた。
大家のオバサンの名は大塚サエと云う。
サエさんはご主人が若くして事故死したとかで二人の中には子供に恵まれず、現在は3匹の猫の世話をするのみだと云い、私の祖父母の事故死の話を聞く時には涙して私に同情を寄せてくれたのであった。
円子のアパートの前の連の端下がサエの事務所で、どの人もその事務所前を通らなければ外道に出る事が出来ない造りになっている。
「はい、行って参ります」と応えた円子だが、サエの後ろに先ほどまで庭畑で土いじりをしていた女の子が顔を覗かせているのに、少し戸惑って口ごもってしまったようだ。
何なのだろう、この子。サエさんの身内なのかしら。サエさんは一人身になっても猫が子供代わりの様なもので、淋しくは無いと笑っていたけれど。
その様な思いが円子の気をかすめたけれど、アパートを出ると程遠くないバス亭に付く頃までにはそんな考えもどこかに消えて、就職の心構えや、本で読み知った対人会話方とかの考えで頭は一杯になったのであった。
15分も待たぬうちにバスが来て、乗り込んだ円子は後方席まで行き、前方に空席があるにも関わらず、つい昔の人から裂ける癖でそのまま空席を見やって後方席に座ろうとした時、あの女の子が小さな手を振っているのが見えた。
え、私の後を一緒について歩いてきてたのかしら。
私が声を掛けた時には逃げたのに、今は私の後をつけてるみたいに。何故。変な子だ。
バスが動いてその小さな姿がだんだん遠のいていっても、その子は点になるほどの位置でもそこを動かずにいたのが見て取れ、見知らぬ、名前も知らないその女の子が、自分の記憶の中の遊びに出かける時の母親を見送る自分を見ているような不思議な錯覚感を覚えたのであった。

ハローワークでの面談は、それまでの円子の半人生が反社会性人格として更に恥の上乗せをしたような会話の進み具合で、どこにも噛み合わせが見つからないままのチグハグとしたものであり、回りの溌剌とした若者達を見ても、いや、ずっと年上の人達にさえ比べてさえ、自分が他の誰よりも就職適正人間としては失格ではないかと思わせる結果をもたらせたようだ。
これなら、先に先輩の所へ向かうんだったと、円子は後悔していたが、先輩の所での朗報に多いに心が弾み、ハローワークでの面談の落胆も吹き飛んでしまっていた。
アルバイト先の先輩といってもこの彼、実は何処かの代議士か、富豪の愛人の子として生まれた事を呪っている輩で、その母親、篠(しの)の故郷が円子の母親、可憐と同じとかで昔の母親同士は遊び仲間だったらしい。
円子も先輩の野口啓真(けいま)も母親をそうも信用している訳ではない事と父親との交流が無いと言う点に於いても共通しており、お互いが特別意識無く心が癒される相手として兄弟愛のようなものを持っていた。
「あのさ、ここに久しぶりに来た訳。マルちゃんが来るよって篠が云うからさァ。」と啓真は母親の名を呼び捨てにしている。
「叔父さんの所で雇ってもらいなよ。叔父さんといっても、篠の旦那の弟らしいけど、この叔父さんにしても母親が旦那の奥さんじゃないんだよ。つまり俺等と同じ立場かなァ。いや、違うな、だってこの叔父さんはすッげー母親思いでさァ。ま、行くと解るけど、さばけたいい人だってこと。タウン誌創る会社始めてさァ、金もそこそこあって、俺にもこずかいくれるんだぜ。母親の店の手伝いするのが嫌なら、辞めなよってさ。で、俺はマルちゃんみたいに大学に真面目に行って卒業できなかったから、未だバンドやりながら他の店の厨房を手伝ってんだよ今。オヤジ繋がりでTVに出演させてやるなんてオファーがあったけれど、蹴ったよ。損したかなァ」と云う。
啓真が近くバンドコンサートを開くから必ず来いよとチケットを4枚もくれた。
本当は4枚ももらっても友達がいるでもない円子には使いようが無いかもしれないとおもいながらも、叔父さんの所へは一緒に掛け合いに行ってくれると云う彼の思いやりに多いに感謝をするとともに、そのラッキーな展開に心弾んだ円子の職探しの一日が終わろうとしていたのである。
他へ廻るから乗せていくよとの啓真の好意に甘えて車で送ってもらった円子が、サエの事務所の前を通りかかって、サエの姿が窓越しに見えたら笑顔で挨拶をしようと見ると、サエは見当たらず、そのまま通り過ぎようとした円子はサエの窓カーテン端に黒い陰が見えて一瞬、猫の一匹がそこにいるのかと思い、良く目を凝らして見ると、その陰が小さな、あの女の子で、そして彼女の口元が少しはにかんだようにニッと笑ったのであった。
困惑しながらも円子も少し笑い顔を返してそこを通り過ぎたのであった。
部屋に戻った円子は空腹である事も忘れて、ベットに横になって今日の一日のあれこれを思った。
それにしても本当に、あの子は誰なのかしら。変な子。


続く