6/29/2009

円子の「そんなものかい」物語(8)


その(8)父親

医師の前に座って円子は目を思いっきり見開いていた。何も聞き逃すまい、早く事の次第が知りたいといった姿勢がその目に事を映し出そうとせんばかりである。
あまりにも急速に脳活動が始まって、記憶を引き出す妨げになっては困るという理由からか、医師の声はあくまでも柔らかで、ゆったりとした感じに、円子の方は医師の検診質問などはどうでも良いではないか、と焦った気持ちがあるためなのか、手の平に汗がジワッと出てきている。

一年半も私の記憶は頭脳の扉の中で怠慢にも休みを取っていたんだ、、。
何と云う事だ、まったく、何と云う事なの。
しかも、私がその夢うつつの中で、殺傷事件を起こしていたなどとは、、。
最初は私の病院カルテに書かれた名前で直ぐ、それが私の本名であると解った。あんなに嫌だった名前からスラスラと記憶の糸を引き出す事が出来たのだから、これからはこの名前を大事に扱う事にしよう。
でも、住所に書かれた所には全く覚えが無いし、本名は保志加円子(坂早満 長女)とある。これは私の実父の名なのか、はじめて知る名で、決して私の過去の記憶から消されたものでは無い気がするけれど、どうなんだろう。
私が竹べらのようなもので、或る男性を傷つけてしまったという。
その人の名を知らせてはもらえなかったので、私とどういう関係の人なのか又は、どのような事件だったのかは今も解らない。
正当防衛でもあったのかもしれない、結局のところは私の罪としては報告がなされていないらしい。
今日解った事はそれくらいだけれど、今後徐々に全てが記憶に戻ってくるに違いないとお医者様は優しく笑って言ってくれた。
でも、驚いた。鏡で自分の姿を見た時、丸い体型だと思っていた私なのに、筋肉が落ちたせいにしても、狸顔がキツネ顔に替わっていた。
私が記憶喪失状態でいる間に数人の知り合いが私を見舞ってくれたそうだ。
私に知り合いなんていたのですかと聞きついでに、今日もその一人の方が来ましたよね、母だと思うのですけれど、と言ってみた。
その時は看護婦が急に私の目の前までやって来てかがんだ姿勢で私の耳元でいった。「いいえ、貴女のお母様は一度もお見えになってませんよ。お父様だけです。」
え?私の父親?それこそ私の記憶には何にもない、父親?
そうなの、、まったく見当のつけようもない。母親というのは何となく懐かしさで思う気持ちがあるけれど、今までにそんな言葉を思った事があったのだろうか、、父親、、。

その後の病院生活での円子の記憶には、それほどの進展が無く、新たに思い出す事実もないまま医師との無用な問診が続けれる数週間が過ぎ、その間には誰の見舞いも受けず、又もや円子の心の中に得体のしれない不安感がつのりつつあった、そんな或る日の事である。
中年の女性が看護婦に連れられて円子の部屋に現われた。
「お嬢様、円子お嬢様。宜しゅうございました。これからはお父様とご一緒にお幸せにお暮らしになれますね。」とあわただしく大きなバックからハンカチをさがしあてて、目に溢れ出る涙を拭うのだった。
その様子をただ、何の感情も沸き立たないままにみつめる円子に看護婦が言う。
「こちら、お父様のお宅の家事お手伝いの栄子さんは、度々円子さんのお世話にもいらしたんですよ。それは覚えておられるでしょう、つい先月の事でしたもの。最期にこちらにいらしたのも。」

あァ、そうでしたか。それは失礼しました。でも、今の私には貴女が何方なのかは皆目見当がつきません。
でも、私をお嬢様なんて呼ぶ人など私の過去の人生にあったとは、どうしても考えがつきもしません。しかも、父親宅のお手伝いさんなんて、、、。
私はいつも独りでいたように思えてなりませんし、確かに名前は円子ですが、、あ、思い出しました。この名は確か、祖父が付けたものだと思うのです。私をすごく可愛がってくれた人だったと、、だったというのは、祖父はもう他界しているから、それは確かめようが無いのですが、母がそう私に言ったように記憶しています。でも、この病院では私は父親とこちらに来たといってますから、、私に父親もいるのでしょう。

円子はそう口に出して伝えたのか、実際はただ、そう心で思ったのかは彼女の中では、はっきりとしてはいなかった。
「お父様がもう少ししたら円子さんをお迎えにきます。良かったですね。今日からまた暫くはご自宅で養成なさいませ。お嬢様が帰っていらっしゃると思うと、もう私も嬉しくて、言葉もありませんですよ。しっかり私にお世話をおまかせ下さいませね。」と、またその栄子なる女性は円子の手を取らんばかりに嬉し涙にくれるのだった。
そして、何が何なのか頭の中は混乱したままも、円子はなるにまかせ、一時帰宅の書類を受け取り、身支度をしたのである。
鍵がかけられておらず、開け放されたままのドアの外から重々しく、少し引きずり気味の靴音が遠くから響いてきて、徐々にその足音が近ずいて、戸口に止まった。
あの初めて自分の名が解った時と同じように、円子の目は見開き、その戸口光の中に黒く陰を作って立つ人を見分けようとした。
嗚呼、黒いこの人影は私の父親という人物なのか、確かに初対面のようではない、目がその影を投じている姿と形を捉えただけで、かすかに円子の脳のどこかの小さな記憶の部分が、決して懐かしいというわけでもない何かを捕らえてうずく思いにかられたのであった。
「お父さん」と円子の口が音を出していた。


続く。

6/28/2009

円子の「こんなもんかい」物語 その(7)


その(7)誰か応えて

解らない。何もかもが。
筋立てて考えようとすればするほど、円子の頭の中の霧が濃くなっていくようで、その思考を妨げた。
どうやらここは病院らしい。今の時刻は朝らしいが、それは壁の時計でも解るし、外から差し込む太陽の光でもそれは解るのだけれど、一体何故私がこの部屋にいるのかが、そして何故洋服が棚に掛けれれているのかも、解らない。
しかもその私の着替えらしき洋服は、まるで覚えの無いものだし、サイズもちょっと細めだと云う事は、私以外の人の物なのかも知れない。
でも、何故、、。ここは個室らしいし、付き添いの人が居る訳でもない。
窓からの外の様子を伺っても、何も記憶に残るところは無い。
しかも部屋のドアには細長いアクリルらしい窓があるのみで、鍵が外から掛けられているのではないか。
これは私のいつもの悪夢の背景に類似している、監禁部屋の一室の様な感じではないのか。あのテーブルに置かれた数冊の雑誌と、上に乗せられた果物以外では淡いピンク色が夢の中の灰色と取って変わったという以外では確かに、あれと同じ部屋住まいだ。窓もお洒落風にかかったアイロンロッドだって、どんなに洒落てみたところで鉄格子の役目には変わりは無い。
しかし、何故私は今こうして、ここにいるのだろう。
病棟全体に埋めこめられているらしいスピーカーからクラシック音楽がかけられいるのが一時停止したかと思うと、「連絡事項…医師、201号室にお越し下さい。」とのアナウンスが掛かった。
病院・・医師・・サイズの合わない洋服・・雑誌と果物・・監禁状態・・と円子は口に出して言ってみた。そして、もう一度。
再び外の様子を覗いてみようと、顔を窓に向けた時、自分の体が細ってきている感じがあり、ふと体を見ようとして自分の長く伸びた髪が目に入った。
え、カツラでもない、この長い髪は私のもの?
ふと、自分の姿をチェックする必要性に駆られたが、鏡は部屋には何処にも見当たらなかった。
窓辺に立った円子の目にアイロンロッドの掛かった厚いアクリル窓の反射に自分の姿が映るかと期待したのだが、朝日がさす光の中では自分の姿は見えず、落胆を覚えた。「夜なら自分の姿がここに映り見る事が出来るに違いない」円子はそれを待つ事にした。「見知らぬ、あの洋服はやはり私の物だったのか、、。」円子は改めてその洋服に触ってみたのであった。
サラサラとしたその感覚と上等に縫い合わされたデザインから、それが絹の高級品である事が感じ取られた。側にはやはりその洋服に合わせた高級品らしき靴とハンドバックが置かれている。ハンドバックの中に何か自分の今の状態を判断する品が入っているのではないかと少し興奮を覚えたのだが、その中味は案に反して空であった。
ふと、防音を施されているその部屋ドアの向こうに何やら気配があるのが感じられ、ドアの細窓から廊下側を覗いてみると、一人の中年女性が身だしなみを崩して3,4人の看護人に囲まれて押し問答らしき状態で何かを騒ぎ立てている様子だ。
あの人もここの患者さんなのだろうか。でも私のように病院仕立ての簡易服じゃなくて、私服だから、面接来客なのかもしれない。でも、何であんなに喧嘩腰に騒ぎ立ててるのだろう。
と、急にその女性の顔が円子が覗いていた細窓に迫ったかと思うと、口を大きく開けて何かをわめきながらドアをたたいている様子が現われ、音はきこえないものの、その迫力にはすっかりおじけついてしまい後ずさりせずにいられなかった。
数秒もたたないうちのことであったろう。その女性はついに看護人達に引き戻されていったのだった。
円子は瞬時のその光景を恐ろしいものを見たようにおののきながらも、何かを思い出そうとしているのが自分の中に生まれているのに、気付いた。
あの女性の形相には確かに驚いたけれど、こうして思うと何故か懐かしみが湧き、それと似た顔つきを遠い昔にも同じのを見た事があるような気がした。
大きく開けられたその女性の口、、。何を言っていたのか。
あ、そうだ、あの口は、唇の形を造って、言ったに違いない。「マ・ル・コ、、マ・ル・コォ、、ア・ン・タ・ガ・ワ・ル・ク・ナ・イ。マ・ッテ・テ・ヨォ、、タ・ス・ケ・ル・・・ガ・・・・」後は解らない。
マルコって、誰?
私?あァ、そうか、あれ、私の名は何というのだろう。
先ほどの女性が言ったのは私の名なのだろうか。
その時が、自分の姿が変わっているのと、何故そこにいるのかが解らなかったのに加え、自分の名前さえ忘れてしまっているのに又新たな驚きと不安で一杯になって、心が押しつぶされんばかりの感覚を覚えた。

落ち着こう、深呼吸をして脳の活動を再始動しなくっちゃ。PCが壊れたと思ったときにも一度は再始動で様子を見ていたではないか。完全に壊れきった訳ではない。記憶が全部抹消してしまったはずはない。脳のプログラムを組み立て直せばいいだけなのかもしれないし。ちょっとのショートサーキットなのかもしれない。と云う事は、私は以前にコンピューター関係の仕事でもしていたのかしら。
情報を引き出すのは、難しくも無い気がするもの。
自分の名前も確かでない人間としてはまるでトンチンカンなウワゴトを言っている可能性も無きにしてあらず、でも、努力する価値には代わり無いものね。
円子はあつらえてあるテーブルの側の椅子に腰掛け、果物に手を伸ばして、ふと、それらの雑誌に目をやった。
その雑誌はどれほどの差があるのかは、今は解らないが、それは確かに円子にとっては見知る事がなかった未来であるはずの年数、月号が記されているのが見て取れ、そのれが彼女として捉えた初めての未知の空白である事に愕然としたのであった。
まるこ、マルコ、丸子、マル子、円子、まる子・と、、彼女は頭にその名を書いてみた。側にペンがあったのなら、紙に書き取って、目でも確かめたかったのだが、その部屋には書き物の用具は設置されていなかった。

今度はベッドに横になって考えた。すると頭の中で、幼い頃に名前の事で、虐めはやさされた事に悩まされた時期がある事に思い当たった。
そして、泣いて母親に言ったところで、取り合ってもらえなかった口惜しさも加えて、その時の見上げた目に映りかえった母親の顔が浮かんだ。
アッ!先ほどの女性は顔姿こそ年が往った感じではあるけれど、あの時私の目に見知った面影をもつ、私の実母ではなかったろうか。そうだ、確かに、一緒に住む期間も無かった、あの母親である。
円子の頭に浮かんだその思いは確信にちかかった。 そして、あの必死に髪を振り乱して私の名を呼んだ事が、以前にも一度、あったように思う。たった一度きりだけど。やはり、その時彼女は、ああして私の名前を呼び叫び、加え、「大丈夫よ、きっと全部が大丈夫。心配ないからね、円子。」と云った言葉が耳の中によみがえって来た。あれは、いつの頃だったか、、。
どうして、あまり私を育てる事に感心を寄せなかった母親が-確か、あまり親密感のない、そんなに切羽詰った事柄を話し合うような心が通った、仲の良い親子では無かったように思うのだが-今、一体また彼女がここに現われたのには、理由でもあったものなのだろうか。

知りたい。私は誰なのか。どうして、今、こうしているのか。
そして、昔の自分を、昔の人生がどんなものだったのか知る必要がある。
事故か、事件にでも巻き込まれたのなら、それなりにこの病院で治療完治を期待しているやも知れない。
何時、回診や治療往診時間なのだろう。
私がどうしたのか、私に何が起きているのか。誰か、早く来て、話してよっ!
これまでも、何度か入室者にアレコレ尋ねてみた気がするんだけど、誰も何とも応えてくれなかったでしょう。一体、如何したというのかしら。
昼食トレイらしきものを両腕に抱えた看護婦が、介護人係りらしい男性の鍵で開けたドアから入ってきた。
「私の名はまるこというのですね。どうして、私はここにいるのでしょう、教えて下さい」と看護婦がトレイをテーブルに乗せようとした時、興奮気味な口調で言葉を発した。
トレイを驚いてテーブルに音を立てて、落としながら、看護婦は円子の側に駆け寄った。ドアの介護人は驚いた様子で、廊下にたっているであろうか、医師に声をかけた。「先生、先生!患者さんが声を出しました!」「そうか。」
走り寄った医師達に「今、声を出したのは、貴方達の方でしょうが。私はいつでも声は出していますって。貴方達が聴こえていなかっただけじゃないですか」 円子の方が、戸惑う方であり、皆の視線を受けて、不思議に思うのみ、まるで、部屋の空気がその流れを止めてしまったかのような、瞬時の場面を感じた円子であった。


続く。

6/27/2009

円子の「こんなもんかい」物語 その(6)

その(6)記憶
庶務課で円子はタウン誌の設置場所記録、関係社名情報住所録、個人献金授与及び援助者登録書、そして社員住所録などの管理としての変更や新設、受け入れ情報をコンピューターに打ち込み、各課へ、そのコピーを配る事が主であった。
なるほど、それで香織が打ち込む書類以外でもアレコレと情報を仕入れる事が可能な訳であるのかと、納得がいく。
それにしても、香織さんったら机に向かって真剣に仕事をしているのは一日で1,2時間程しかないんだから。
それで私の方に書類がまわってくるのだから、まったく先輩としては情けない同僚といえるは。
先日だって一生懸命何かを読んでいると思って覗くと、週刊誌を読みあさっていたもの。私が覗いていると解って、目を上げて例の鼻の上に皺を寄せて「こういう形で情報を得る事は、これも仕事のうちの一つだから」と笑ってみせた。
どうせ映画スターのゴシップ記事にきまってる。その関係にはすごいミーハーで私よりも年上だというのに、週末にはその「追っかけ」に忙しいらしいし。
「今度円子さんも一緒にライブを見に行きましょうよ」なんて云ったけど、私はごめんだ。もっとも今までに人に誘われて何処かへ行ったなんて事の無い私にはちょとばかり心誘われて、「今度いつか、そうさせて下さい」なんて返答しちゃった。
こうして円子の生活は、以前に寮と大学の通学が平々凡々と送られていたのに代わって、今度はアパートの自宅とバス通勤に単に入れ替わったかのようになったと云うだけの生活に入ったようになっただけの感覚さえ覚える毎日となりつつあった。
“U安堵I街”-You & I Town又は、君と私が愛し心安い街-というちょっと洒落をもじったような社名のタウン情報誌社に入社して3ヶ月が過ぎようとしていた。街はそろそろ春の緊張感と興奮や又は花見気分の浮かれた時期から、今度は暑く、けだるい日々が続く夏気候に変わっていたが、円子の庶務課での仕事は相変わらずといったところで、入社の際に社主が言ってくれたように、そろそろ他の課でも仕事体験させてくれる時期なのではないかと心待ちにするようになったのは、毎日飽きもせずにアレコレとゴシップを聞かせる同僚の香織に対し少し、いや、実際のところは多いに壁々しているからでもあった。
左程の大きい会社でもなさそうなのに、あの日以来、トレーナーとしての松谷は時々顔を出して、「どうです、庶務課は。もう慣れましたか。ここが会社の始まりといっても過言ではないのですよ。こういうデーターを揃える所からこのタウン誌が生まれたのですから。」とか云って、円子の仕事振りを覗いては、ついでに香織と話し込んでいくといった感じで、他の課の人達とも何度か顔を合わせて挨拶程度の会話をしてきているのだが、社主の高田にはその後、一度だけエレベーターの前に立って書類を調べている姿を見かけたのみで、話を交わした事は無い。

徐々にまた円子の心の中に「何が人生の変わり目なものか。初めというものはいつも少々の緊張感があるにしたって、所詮は私のずーっと続いている人生ではないか。そんなに人生観が或る日ガラリとかわるなんて事があるはずがない。まあ、名前の事では何やかやといやな思いをする事はなくなったにせよ、そうそう感動的な人生が私の前に現れる事なんてないし。学生でも社会人になったにしても、同じ、私は私だし、、。こんなもんか、人生なんて」と円子は思いはじめていたのであった。
緊張感が無くなったのは勤務先の行動ばかりではなく、アパートの独り暮らしもそれなりに慣れてくると、学生寮での共同生活より同居学生達の目が無いだけに、もっと時間をもてあまし気味になってきた。
人間とは勝手な生き物で、あんなに人目を嫌って生きてきたそれまでの生活よりも、それを出て先の社会人生活をしてみると今度は、その時で、またもっと一人身の退屈さを感じるようになって来たのは、円子が世間並みの一般人間と同じ感情を持ち合わせていたのに気が付いたといえるのかもしれない
「そうさ、人生なんて、何も特別って事はないのよ。そこら、ここらに特別ってのが転がってりゃあ、私だってそれを拾って、今更遠くの山奥に住み込みの仕事で行ったりしないもの。あんたが円子と言う名前である事だけが、特別っていえば、特別なんだよ。いつか解る時が来るかもしれない。こんなものさ人生ってのはね。先の人生が誰にだって絶対に確かな事に向かって生きてるって云える人なんかいないでしょうよ。こんなもんかいと聞かれれば、こんなもんさと応えるほかない。」と母親が独り身支度をして、自分という娘を後に残して、あっさりと引っ越してしまった時に云った言葉がよみがえった。

あら、またあの子だ。歌を唄いながら、また何かを植えている、というか土いじりに忙しいのね今日も。
今日はそっと彼女の側まで行って見てみようかな。丁度お昼時でスーパーでスナックと飲み物も買って、つでに明日の食事仕度食料品もみて、、そうだ、洗顔クリームも少なくなってたのだわ。
何だか急に、気分がそれまでに無く、明るい気分の定休日である。

「マサカリかついで、、お馬の稽古、、これから鬼の退治に出かけるよ~、一緒に来ますか、来ませんか~~」彼女の丸い小さな後姿が唄っている。
あれ、古い童話を唄ってる。でも金太郎と桃太郎の話がごっちゃになってて、可笑しい。
足音を忍ばせたつもりでは無いのだが、すぐ後ろに立って「知ってるわよ、私もその歌」そして「ハイシドードー、ハイドードー」と続け様とした時、振り返ったその子の顔が恐怖を顔面に表して後ろ向きにペタンと尻餅状態になったかと思うと、すぐさま四つばいになってから、立ち上がりざまにどっと掛け逃げてしまった。
やれやれ、またもや驚かしてしまった。人見知りの激しい子だなァ。
スーパーの返りに、彼女がまたもどってたら飴かお菓子を買ってきて渡してあげようかしら。でも、それだと何だか犬か何かを手なずける手じゃないかと思われるかしらね。知らぬ子に愛想を取り繕うなんておよそ私らしくない行動だわ。円子は苦笑した。
あれ、それにしてもこの畑の野菜は結構育って、収穫の後らしいわね。あちらこちらの野菜らしきものが引き抜かれてしまった後の穴が開いているし。

スーパーから戻った円子にはあの女の子の姿がそこに無いのを知って、軽い落胆のような想いがあった。
「あら、貴女もスーパーでお買い物?私も今そこから戻ったところなの」とサクさんがエプロン姿で、笑っていた。
「近所の小さな女の子の名を知りたいって、それはどちらさんのお嬢ちゃんの事かしら。え?いつも畑で土いじりをして遊んでいる子?歌をよく唄っているって、、。私が預かった日もある女の子ねえ。さァて、どこのお嬢ちゃんかしら。ウチには猫がいるから、滅多に近所のお子さんを世話する事もないので。貴女が引っ越して直ぐの事?嫌だ、そのころは私はずっとここを留守にしてますよって各家庭に回覧板まわしたじゃないですか。猫達もお友達にあずけて、実家の病身の姉を看護に行ってね、大変だった話を戻ったこの間皆さんにお知らせしましたでしょう。」
ああ、そうでしたね。うっかりしていました。
どこかのご家族のお子さんのお友達か、親族がいらしていたのでしょう。私の勘違いですと円子はサクに返事を濁したのだが、その短い会話でも、すでに円子の頭の中は混乱しきっていた。
思うに、今の円子の頭の中は、このアパートに来て直ぐの記憶と会社の勤務の事は記憶にあるのみで、或る時間帯、或る期間での独りアパート生活の実態が空欄になってしまったかのような感じがあるのだ。 あァ、どうしたというのか。
一体、私はどうなってしまったものだろう、何故、急に思考が、こうもアヤフヤになってしまっているのかに大きなショックと不安が、えも知れない恐怖を生み出して円子に襲ってたかのようで、体が小刻みに震え、まだ日も高い時刻だというのに目の前に黒い幕が広がり、体中から冷たい汗が吹き出してきた。
「どうなさったの。気分でも悪いのかしら。大丈夫?しっかりなさいね。お部屋まで一緒に行きましょう。お医者様、呼びましょうか?」
サクの声が少しずつ遠のいて耳の中で小さなエコーのように響いている。
次の瞬間には、あの女の子の歌声が耳の中から響き出して唄った。「ハイシードードーハイドードー~~・マサカリかついで、鬼退治~~、行きましょう。付いて来ますか、来ませんか~~」
そして円子の頭の中には、はっきりとその小さな女の子の顔のイメージが大きく広がった。
その顔に見覚えがあった。 そうだ、この子を私は知っている。この子は、、、。
それを口に出す前に円子の記憶は薄れ去り、また闇の中へと落ちていくのであった。

続く。

6/22/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(5)


その(5)名札

「保志加さん、保志かさん。松谷さんでも知らない事は私に聞いて下さいね。私、この会社のアレコレにはちょっとばかり、詳しいんです。あ、ごめんなさい。驚かせたみたいね。私、香織といいます。喜多波香織。え?えェ、喜多波京子の縁続きなんです。ハトコかな、良く解らないけれど、まァそんなところです。私は京子さんとは親しい仲の縁続者ではないんですけど、どうやらこの会社でコネで入れたのは私と貴女と云う事らしいですよ」
笑うと鼻の上に小さな皺を寄せるのが癖らしい。隣の机の椅子をズッと円子の机側に寄せて、他人の目を逃れる為なのか頭だけを後ろ向きにねじった不自然な姿勢で、香織が円子の右脇に声を掛けて来た。
母親を早く亡くして父親に育てられたが、土木関係に勤めている気性の荒い父親とは成長するにつけて折り合いが悪くなってきて、母方の伯母の世話で高校を卒業して直ぐに京子の会社においてもらう事になったという。
円子が入社してから特に言葉を交わした訳でもないこの香織という女性が、まるで旧知の仲のように話しかけてきたのには少なからず驚かされたのだが、無口で人の影に隠れたように生きてきた円子にとっては自分から進んでは持てるはずも無い話し相手が向こうからやってきてくれた事には歓迎する気持ちがあったである。
自分が知らない行動であっても、多分こういう会話はなりでは普通付き合いとして一般的になされているに違いない。しかし、あまりにも無防備というか、あっけらかんとしているというか、この人は誰にでもこうして話しかけていくのかな、聞きもしない自分の家庭事情なんかだって、まるで人事みたいにスラスラと話すなんて、私には到底真似の出来ない事だ、と円子は彼女を改めて観察の目を持って見つめてみた。
「先日の松谷さんが皆さんに紹介した時には言葉も交わしませんでしたが、私の名前を覚えていて下さったのですね」
「まァね。だって、それに貴女が今、胸につけている名札、先月私が係りに頼んで作ったんですもの。名前くらい先にしっていたわよ。」
「失礼しました。」円子が笑顔で応える。
「ま、そう硬い物言いは辞めにして、お友達として気軽にいきましょうよ。この社内は自由にあちこち回り歩けるのが運動不足を少しは補えると思って、先輩の私としてはお茶は自分で何度も足を運ぶ事がお奨めなの。」というなり香織はそのお茶を取りに休憩室に向かって席を立った。
名札をオーダーしてくれた香織が私の幼少時代の辛い思いなど何にも起こらなかったかのように、名前の事に関して特に聞いたり、言ったりしなかった事が円子には嬉しかった。
ただ、ある一つの点のみが頭に小さなひっかかりのように残っていて、先ほどの会話を頭で反復してみた。
私がこの会社入る事を知ったのはつい2週間前であったはずなのに、何故、香織は私の名札プレートを先月には既にオーダーするよう命じられたのだろう。
最初に来た時には友人の啓真が彼の叔父で社主の高田栄哉に合いに来るつでに一緒してくれて社主に直接紹介してくれたのだから、高田社主とは無論のこと、この会社に来たのは初めての経験で、社のどの人とも初対面の人達ばかりではなかったのか。
そうか、一週間前を言い間違えたのもしれない。事を大袈裟に話す癖が付いているのかも知れない。香織が戻ったら、聞いてみよう。
香織は休憩室からまだ戻らない。多分途中で他の人から何か仕事を依頼されたのか、又は、あの気軽さで、雑談でも興じているのだろう。
後ろからポンと肩を叩かれて振り向くと、香織がコーヒーカップを手にたっている。「あら、休憩室に一緒に行けばよかったかしら。コーヒーで良かったら、これ、どうぞ。まだ口をつけてませんし。」
休憩室に向かった香織の後ろ姿を見送ったままの円子を見て香織が笑って言う。
「休憩室の廊下はこの部屋の両方から行き来できるようになってるのよ。本当は後方からの方が近いけれど、途中松谷さんともちょっと話してみたかったから、わざと前を使ったの。それでね、松谷さんはあと30分ほど他の課に寄っているから、貴女には私と一緒にこのフロアーの書類の説明を受けて下さいって言ってました。」
松谷はどうやら庶務課に在籍していないらしい。
それで香織は時々松谷の回る各課ではどんな噂話が出ているのか知りたがったのだろうか、それとも彼自身に興味をもっているのかもしれない。
「香織さん、先ほど私の名札プレートをオーダーしてくださったと言いましたね。それは一週間前の事でしたか」
「プレートが何か?手落ちでもありました?違いますよ、ちゃんと一ヶ月前にオーダー提出しました。一週間前なんてことないでしょう。」
香織は円子の質問の意味を勘違いしたのか、少し気分を害した風に返答した。
「あっ、そうでしたね。一ヶ月前。とても手早く仕事を処理なさるんだなァと感心したので。」
円子は香織の不満顔が笑顔にまた戻るのを意識しながらそう言った。
本当は誰が発注願いをして来たのか、彼女の雇用をどのように聞かされているのかを知りたかったのだが、また彼女の詮索や勘違い問答が起きるのを避けたい円子はそれで一応話を終えてしまう事にした。
香織は一旦円子にコーヒーをオファーしたのを忘れて、少し目を細めては一口飲み込んでから、また円子の方に向かい、貴女の前の机の主はダレソレで、彼女の生い立ちは、、といったおよそ仕事とは関係のなさそうな社員の一人一人について説明を始めるのだった。


続く。

6/21/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(4)


その(4)新入社員

「保志加君は結構真面目人間というか、あまり社交慣れをしてないというか、静かな性格だよね」と松谷が少し皮肉を込めて言うように何をさせても、「ハイ」とか「解りました」と云うばかりで、自分から進んであれこれと知りたがる様子の無い新入社員としては、もう既に壁の花化してしまったかのような円子の態度が物足りなく感じ始めていた松谷である。
「ね、京子先輩、どう思います?保志加君ってなにか意味あり人生を背負って生きてるんでしょうかね。妙に空気化してるふうで、存在感に薄いと思いませんか。」
「空気化?人にそんな表現は合ってないと思うけど。マっ君、それより彼女の新入歓迎欄にちゃんとインタビュー記事を載せられるのでしょうね」
「だから、それの事ですよ。新人紹介を書こうにも、彼女あまりにも無口で、笑顔でいても何だか得体が知れないというか、、。掴みどころが無くてですね、自信の記事に出来そうになくって、困ってるんです。何も聞かされていなかったのに、或る日急にですよ。-松谷君彼女を数ヶ月教育して、この会社の職種選択の適正を見出してみて下さい-と、云われたって、僕としてもちょっとどうしたら良いものか考えあぐねてもいるんですよ。今までに無かったですよね、こういう入社新人の訓練とか教育なんて始めての事じゃないですか。何だか自分の勤務がベビーシッターに格下げになった気分で、僕にしても大して得な立場に立たされたとも思えないし、先輩なら社主の思惑が何なのか知ってるかなとも思ったのですよ。」松谷は言っている言葉にしては大して気重そうな様子も無く、ある意味ではゴシップを探求してる他の女子社員と同じ軽々しさを見せて京子の考えを知りたがっている風な口ぶりである。
「何を君らしくも無い。質問に答えた事だけを自分でまとめてストーリーにしあげたらいいんじゃないの。別に嘘話を書くわけじゃないんだから。それにほんの数行の紹介記事でしょう、そのくらい巧く書けなくてはインタビュアーとしてはこの道で食べていけないわよ。」髪をポニーテルに結ってはいるが、なかなかの美貌には向いていない男勝りといった感じの喜多波京子が松谷を軽くあしらう口調をするのは、この会社では古参の立場であるからなのだろう。
確かに、あの新人は顔は笑っていても、宙をさ迷っていそうな風に動いている両目は決して笑ってはいないようだった。松谷が掴み所が無いといったのは、きっとその不自然さが云わせたものかもしれない。京子はそう思った。
京子は会社創立時からの社員であり、噂では社主高田栄哉の大学時代の同級生で、何かの文学系サークルの仲間でもあったところから、会社創立に当たっては資本以外での影のサポーターとして事実上の仕事のパートナーなのだと云われている。その彼女が何故庶務課に居るのかといえば、実際のところは彼女が各課を全体的に見回るからなのであって、事実上ではどの課に属している訳でもない。
今日とて、新入社員が高田の一存で採用されたとの話で、その様子を視察に顔を出しただけに過ぎない。
高田が京子に相談無しで新人を採用したのは今回が初めての事であり、その教育係の松谷から事情を聞こうと思っていたのが、反対に彼がその新人の採用には何のバックグランドをも聞かされていないと、思いあぐねて京子に助けを求めてきたのであった。
学生時代にやっとこぎつけてこの会社を起こした時はわずか数名の仲間が小さな机をぐるりと回り座って、頭を突きつけながらアレコレ討論をしつつ書き上げた薄っぺらで、中味も今ほど広い地区を対象にはしていなかった。
しかし、今はあの頃とは規模にかなりの変化がもたされ、小さなタウン誌発行社といっても、文科系のエリート下りとか、美術担当者には相当の芸術性を持った人間も集まってきていたので、ちょっとそこらの専門文学雑誌や週刊誌、料理本などを読むよりローカル性があるだけにもっと身近に感じられて面白いとこの数年では発行部数を増刊するほどに売り上げも毎年昇ってきている。
京子はこの会社を高田と共にやってきた事に満足するというより、彼女自身の生活そのものがこのタウン誌と云っても過言では無いと今は思っている。

ふと目を渡した京子の目にその新入社員を迎え待つ机の上に誰があしらったものか、今までに、例がなかった新入社員歓迎の意図らしい明るい花々が飾られているのが見えた。
しかしいったいあの新人の彼女は何者なのか、どうして私に知らせるのが遅れたのだろう。
今度は京子が怪しむ番であった。

続く。

円子の「こんなものかい」物語 その(3)


その(4)就職生活の始まり

紹介されたその会社は小規模だと聞いていたのだが、円子が頭の中で考えていたよりも、はるかに想像を上回る大きな建物の中にあり、上階ワンフロアーもの広い6部屋全室を各課で分けられており、一番小さい、といっても円子のアパートの自室よりも倍はあるだろうかと思われる広さを持つ一室に自動販売機やテーブルが置かれていて、座り心地の良さそうなソファーもある社員休憩室となっていた。
社員の憩いの場所もゆったりとしているからには、接客応対室はさぞかしのものだろうとまだ見ぬ室内を夢見心地で想像した円子である。
啓真の話ではそのビルの建物自体が啓真の叔父の物なのだという。
それが実際のところは、その叔父、啓真と父親を同じくする、高田栄哉の所持するところなのか、またはその母親の所有地であるのかは詳しくは知らない。
それより円子には、何故啓真が自分の腹違いの義兄を「叔父」と呼ぶのかが腑に落ちない。
しかし、それとて多分年の差からか、又は何か世間体を見積もっての事なのだろうと、そこのところを根掘り葉掘り細々と知る必要性も特にあるとも思えず、知ろうとも思わなかった。
そこに入社して雇用人として働くようになったところで、上司の家庭事情を把握しておくなどの私生活に立ち入るのは秘書に雇われる訳でも無い円子の職務とは到底考えられない、無用な事であろうと心して納得していた。

私生活は仕事には無関係だものね。私だってあれこれ私の事を詮索してもらいたくないもの。円子は思った。

「小さな広告紙で、この街のコミュニケーションの掲示板のような役目をしているんですよ。」と気軽に対応してくれた社主の-どうやら、この会社では社長とか編集長とか言わないらしい-高田栄哉は円子が考えていたよりずっと若くて、小柄ながら鋭い目付きを持った青年であった。
叔父さんなんていうから、もっと年上の人を想像したけれど、事実上は啓真さんのお兄さんに当たる人なんだもの、30代半ばでもおかしくは無いのよね。
円子は心の中で啓真の説明不足にわずかに不満を感じて、自分の勘違いを苦笑したのだった。
何の特技も経験も持たない円子を初めは庶務で走り使いのような係りでも構わないのなら、徐々に仕事に慣れてもらってから適正のある課へ配属される事になるだろう。雑務の毎日は辛く遣り甲斐が無いと感じるかもしれないけれど、それも修行だと思って頑張って下さい、と庶務課の上司がフレームが緩くなってずり落ちるのを防いでいる為か、左手で眼鏡の下部を支えながら、今後の円子の暫くの日課になるアレコレの説明を始めた。
「あ、松谷君。こちらに来て、保志加君のトレーニング期間の指導係りを願いますよ。」それまでは相手から聞かれた事柄だけを「はい。そうです。」とか「いいえ。」のみで応えてきたのだか、思考を言葉で表す事に不得手であると云う事が、返って口煩い女史とはちょっと違うところが目立ったものか、一応に快い方向に事は進んできている。

「松谷康成です。宜しくお願いします。」
え、どうして庶務課の指導者が男性なのかしら。普通、大抵の会社なら庶務課は女史が活躍してそうなのに。でも、いいか。私にはあれこれ云う権利も無ければ、 コネで採用してもらったのに、それをも巧くこなせないとなるとこの後は何もないんだもの。
「は、はい。こちらこそ。宜しくご指導お願い致します。」考えている事が表にでたのではないかと、慌てた円子の始めての社会人としての一声である。

ただ社内を紹介と入社の挨拶をする為に廻ったに過ぎないのだが、帰宅時の円子は頭の中が新しく見知った事柄や人の顔やでグルグルと廻り動いているような錯覚感さえ覚えるほどに体中のエネルギーを消耗してしまい、ベッドに倒れんばかりに体を横たえた。
この一週間の間に何と自分の生活が一変した事か、平々凡々にそこそこ、寮と学校の行き来での生活とは天と地の差ほどの変化の毎日であった。
当たり前の事ではあるのだか、廻りの全てが新しい事、始めて見知る事ばかりであった。「大丈夫なのかしら私、」と声を出して自分に問うてみた。
自問自答にはなれていたはずの円子は今回はただ自分の声が聞こえただけで、答が戻ってくるはずも無く、自分の人生路を戸惑っている間も無い中で、周りが勝手に円子の背を押していくに身を任せるままの流れの中にいるだけのような自分がおり、これもまた別の意味で他人任せで消極的な自分を意識せずにはいられないのであった。「もっと、しっかりしなければ、、。でも何を、どうすればしっかり者になれるというのかな、、。」所詮、三つ子の魂百までもというではないか。自分の消極的、排他的性格を今更どれほど変える事が出来るというものか。
新住居や就職も決まって一番浮かれてても良いはずのこの時を、円子はまたもや不安感にさいなませれていたのであった。
重い気を振りきるようにベッドから降り、少し遅くなってしまったが、軽く何かを作って夕食を済ませてしまおうと台所に立った時、閉まっている窓のカーテンの外で子供の声が聞こえたような気がした。
隣りか、向かいの棟の家族が窓を開け放したままでテレビでも見ているのだろう。
家族団らんの笑い声がまた高くあがり、子供の笑い声を打ち消してしまったようだ。
家族団らんか、、。今の私には無縁の生活だな。円子はその時、幼い頃に祖父母とテレビを一緒に観て笑った日々を思い出して少しばかりセンチメンタルな気分になったのであった。
あら、また子供が笑ってる。何がそんなに楽しいのかな。いや、笑うという行為だけで充分楽しくなってしまう事もあるから、笑って楽しんでいるのじゃないかな。多分。意味も無く笑ってしまう時もある。
でも、私は笑うような気分ではないのよ今は。
そんな事はどうでも良い事だ。
今日は早く寝て、また明日から何を頑張れば良いのか解らない「ソレ」を頑張らなくっちゃあ。ソレって、、何だ。ま、兎に角、頑張る事には「アレ」も「ソレ」も関係ない。兎に角生きるという事全体の事だろう。
何だか訳の解らない納得付けをしてしまった円子の耳に子供の笑い声がまだ聞こえていた。


続く。

6/13/2009

円子の「こんなものかい」物語 その(2)


その(2)向かいの女の子

保志加円子の人生として、ある意味に区切りが出来たと感ずる様な次の人生生活の幕開けである。

古ぼけた2連きりで各部屋が同じ間取りらしい、6畳一間にダイニングキチンの間らしい空間と、押入れらしい小さな収納棚が取り付けられている、その小さなアパートの一部屋が円子にとっては学生寮よりも独りで居られるだけに、心地良い自分の城としては充分満足できる住まいとなった。
狭くて細長い花畑と、誰かがつくっているのだろう野菜畑といえるかどうかわからないくらいの植物が2,3本の筋の中央に何やら新芽が伸び生えてきている。その向かいには背合わせになったアパートの連が建っていて、家族らしい人影がその窓からもカーテン越しに見え隠れしていた。
2階建てでは在るが、建物が古いので何となく昔の映画に出てきそうな、長屋を思わせるところも、今までの自分のあり方からも、派手に社会にデビューをかざしている事を大袈裟に発表しているかのような無理を感ぜずにいられるのが、円子にはぴったりの住まいだと一人安堵してもいたのである。
やはりちょっとは可愛くした方がいいかと手作りでHOSHIKAと水色の油性ペンで書いたネームタグをドアの外に掛けると、なかなかそれらしい女の城といった感じが増したように思えた。
そうだ、キチン窓と居間の窓にも同じ色で明るい色のカーテンをしよう。
円子は寮生活での共同作業にはウンザリしていたのだが、今度はただ自分ひとりのために、自分がストーリーのヒロインになった気分を味わえる事をこの時、はじめて物を考え作り出すと云う事が自分の為であるのを何より嬉しく思えたのであった。

あら、あの子何を植えているのかな。
明るい色にしたカーテンの合間から女の子、年の頃5-6才だろうか、小さな背を丸めてアイスの食べ残りの様なステックで土を掘り返しては何かを埋め込んでいる姿が見えている。
窓まで近ずいてそっと様子をみると、その子は楽しそうに小声で歌を唄いながら土いじりに満足げな笑みを浮かべているのが見て取れた。
その姿をみていると円子までが何やら愉快な気分になってきて、今までの人生で必要に駆られての場合以外では自分から人に声を掛けるなぞとは思いも寄らなかった彼女もつい声を掛けてみたくなり、「ネェ、何を植えてるのかなァ。大きく咲くといいね」と手を振ってみた。
その子は誰も見ていないと思っていたのだろう、ちょっとギョッと驚いた風に立ち上がり、声のする方に目を追いやったが、くるりと小さ後ろ姿を見せたかと思うと小走りに建物のかげに隠れてしまった。
なァんだ。愛想がない。でも私の小さな頃と同じだ、無理ないか。
そんな事より、これから職探しをしなくては、、。
身寄りも知り合いも無い私だから、まず、前のアルバイト先の先輩に情報を提供してもらって、その足でハローワークにも登録しておかねばっと。
コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら身支度にかかった。
髪を束ねている円子の目に窓越しのカーテンの隙間から、あの逃げ去った女の子がまた畑の隅にしゃがんで小さな手で同じ場所を掘り返している姿が見えたが、もう円子には声を掛ける気も薄れており、何の興味も無くなっていた。

「お出掛けですか、いってらっしゃい。」
階下に降りなしに、円子の入居を快く受け入れてくれたあの大家さんが声をかけてきた。
大家のオバサンの名は大塚サエと云う。
サエさんはご主人が若くして事故死したとかで二人の中には子供に恵まれず、現在は3匹の猫の世話をするのみだと云い、私の祖父母の事故死の話を聞く時には涙して私に同情を寄せてくれたのであった。
円子のアパートの前の連の端下がサエの事務所で、どの人もその事務所前を通らなければ外道に出る事が出来ない造りになっている。
「はい、行って参ります」と応えた円子だが、サエの後ろに先ほどまで庭畑で土いじりをしていた女の子が顔を覗かせているのに、少し戸惑って口ごもってしまったようだ。
何なのだろう、この子。サエさんの身内なのかしら。サエさんは一人身になっても猫が子供代わりの様なもので、淋しくは無いと笑っていたけれど。
その様な思いが円子の気をかすめたけれど、アパートを出ると程遠くないバス亭に付く頃までにはそんな考えもどこかに消えて、就職の心構えや、本で読み知った対人会話方とかの考えで頭は一杯になったのであった。
15分も待たぬうちにバスが来て、乗り込んだ円子は後方席まで行き、前方に空席があるにも関わらず、つい昔の人から裂ける癖でそのまま空席を見やって後方席に座ろうとした時、あの女の子が小さな手を振っているのが見えた。
え、私の後を一緒について歩いてきてたのかしら。
私が声を掛けた時には逃げたのに、今は私の後をつけてるみたいに。何故。変な子だ。
バスが動いてその小さな姿がだんだん遠のいていっても、その子は点になるほどの位置でもそこを動かずにいたのが見て取れ、見知らぬ、名前も知らないその女の子が、自分の記憶の中の遊びに出かける時の母親を見送る自分を見ているような不思議な錯覚感を覚えたのであった。

ハローワークでの面談は、それまでの円子の半人生が反社会性人格として更に恥の上乗せをしたような会話の進み具合で、どこにも噛み合わせが見つからないままのチグハグとしたものであり、回りの溌剌とした若者達を見ても、いや、ずっと年上の人達にさえ比べてさえ、自分が他の誰よりも就職適正人間としては失格ではないかと思わせる結果をもたらせたようだ。
これなら、先に先輩の所へ向かうんだったと、円子は後悔していたが、先輩の所での朗報に多いに心が弾み、ハローワークでの面談の落胆も吹き飛んでしまっていた。
アルバイト先の先輩といってもこの彼、実は何処かの代議士か、富豪の愛人の子として生まれた事を呪っている輩で、その母親、篠(しの)の故郷が円子の母親、可憐と同じとかで昔の母親同士は遊び仲間だったらしい。
円子も先輩の野口啓真(けいま)も母親をそうも信用している訳ではない事と父親との交流が無いと言う点に於いても共通しており、お互いが特別意識無く心が癒される相手として兄弟愛のようなものを持っていた。
「あのさ、ここに久しぶりに来た訳。マルちゃんが来るよって篠が云うからさァ。」と啓真は母親の名を呼び捨てにしている。
「叔父さんの所で雇ってもらいなよ。叔父さんといっても、篠の旦那の弟らしいけど、この叔父さんにしても母親が旦那の奥さんじゃないんだよ。つまり俺等と同じ立場かなァ。いや、違うな、だってこの叔父さんはすッげー母親思いでさァ。ま、行くと解るけど、さばけたいい人だってこと。タウン誌創る会社始めてさァ、金もそこそこあって、俺にもこずかいくれるんだぜ。母親の店の手伝いするのが嫌なら、辞めなよってさ。で、俺はマルちゃんみたいに大学に真面目に行って卒業できなかったから、未だバンドやりながら他の店の厨房を手伝ってんだよ今。オヤジ繋がりでTVに出演させてやるなんてオファーがあったけれど、蹴ったよ。損したかなァ」と云う。
啓真が近くバンドコンサートを開くから必ず来いよとチケットを4枚もくれた。
本当は4枚ももらっても友達がいるでもない円子には使いようが無いかもしれないとおもいながらも、叔父さんの所へは一緒に掛け合いに行ってくれると云う彼の思いやりに多いに感謝をするとともに、そのラッキーな展開に心弾んだ円子の職探しの一日が終わろうとしていたのである。
他へ廻るから乗せていくよとの啓真の好意に甘えて車で送ってもらった円子が、サエの事務所の前を通りかかって、サエの姿が窓越しに見えたら笑顔で挨拶をしようと見ると、サエは見当たらず、そのまま通り過ぎようとした円子はサエの窓カーテン端に黒い陰が見えて一瞬、猫の一匹がそこにいるのかと思い、良く目を凝らして見ると、その陰が小さな、あの女の子で、そして彼女の口元が少しはにかんだようにニッと笑ったのであった。
困惑しながらも円子も少し笑い顔を返してそこを通り過ぎたのであった。
部屋に戻った円子は空腹である事も忘れて、ベットに横になって今日の一日のあれこれを思った。
それにしても本当に、あの子は誰なのかしら。変な子。


続く

6/08/2009

円子の「こんなものかい」物語


円子の「こんなものかい」物語
昔、随分昔になりましたが、自作の連載小説を記したノートを発見しました。
また読んで見て、さて、この話はどんな理由から書いたものかとあらためて考えていますが、その状況はちょっと不明であります。


これは或る一人の女性のちょっと振り返り生活日誌と云いましょうか、この物語はこのように誰もが少なからずそれに似た体験をしたか、または回りにそういった人間がいるのを知っているとかの、極々単純な生活感日誌と云えます。
ここに語る主人公は、ストーリー的には主人公であっても、日常での人生生活を基準とするなら、いつも脇役として、否、エキストラ的背景の一部として人生を通行人の様な役割をしているいる様な女性です。
どんな人間でも、廻りからは忘れられた人間でさえも、その一個人にスポットを当てた場合、俄かに脇役が主人公に早変わりするのが世の慣わしなのです。言い換えると、どの様に影として生きている人でも全体の世を構成する一つ一つのストーリの主人公に成り得るとの例題のようなものでしょうか。

その(1)
円子は時々思うのだ。
何故なんだ。何故私の名前は円子(まるこ)なのだ、よりによって。
せめてマリコとか蘭子とか、マリリンとかもっと格好いい名前を思いつかなかったものかと恨めしくてならない。
幼い頃はその字読みから「ヤーイ、えんこ、お前の名前は臭いぞー。えんこ、えんこ~。口惜しかったらエーン、エーンこと泣いてみな~」とウンコ呼ばわりされて口惜しい思いをして泣いたものだ。
泣いて母親に訴えると、「いい名じゃないか。お金が沢山入ってくるようにってじいちゃんが考えたのさ。それこそ、じいちゃんの時代からして銭子でなくてよかったとおもわなきゃァ」と繰り返す。
名前と姿が女優気取りの母親の言葉にはどう慰めくれてもそれほどの説得力がななかった。
自分はモダンなばあちゃんがつけた可憐(かれん)というアメリカ人にだって通用しそうな名前だから私の名前に対する口惜しさなんて解るはずがないのだ。
でも、母親が自分の名を活かしてスナックを経営するにあたっては「私の名は将来そういう事もあろうかと、選んでくれたのよ」と云い、それなら、お金が全てじゃないって云ったのもじいちゃんじゃなかったのかと私が反発すると、「だから、円は園でもあり、宴でもあって要するに縁起が良いのよっ」とその場限りの取ってつけたようないい加減な説明を真顔で云ったりする。
私にすれば生涯付きまとうこの名前、せめて苗字が違えばもっと違う人生が待っていたような気もするのだが、この苗字も劣らず負けずで、私の悩みを更に合う方向に向かわせたのも確かなんだ。
苗字が保志加なんだもの。ほしかまるこ、この苗字でも中学生の頃はホシイカだとか、「欲しか貯まるコ」だとか、「惜しかったまXこ」、とかはやされて散々な目にあっている。
名前のせいが多いに影響して私はなるだけ目立たないよう、影にかくれるように生きる癖ができてしまっていたので、最寄の公立校、そして短大に進学してからも、青春を謳歌すべきその時代を、いつからか誰からも忘れ去られ、取り残されたような存在感ゼロの学生生活を送ったものだが、それはそれで名前の事でとりたてて騒がれる事無きを得たのに密かに喜んでもいた。
他の集まってはキャーキャーと意味の無い奇声を上げてはオーバーなリアクションで人気を集めている女史等とは無関係で、会話を共にする友人と呼べる人間もおらず、いつも一人浮いているような存在で、いや、存在感というものも無かったから、影のようなとでも云うべき私は周りと距離を持ち、そして回りの人間達は私という一個人を無視するといった生活でこの時まで暮らしてきたのである。

短大時代の寮生活では回りの学生達が仕送りとアルバイト分の資金を充分にコンサートだ、デートだと忙しく、そして楽しそうに生活している中でも円子は一人部屋でその大半を暮らし、外出といえば、登校通学と下校時に近くの本屋で数時間を過ごすといっただけで、母親からの仕送りは殆ど手元に残っていた
そんな彼女であるから、単に通学して単位を取り、一応の学生生活が過ぎたその後に社会も彼女自身にも将来を期待すべくものも無く、世間に出て、自活生活をいかにしたらよいものかも考える事なくきてしまったのであった。
短大卒業間間近になった年の明けに、母親と自分の卒業後の生活を相談しようかと考えて実家へ戻った彼女の目に、店じまいをして引越しの仕度に忙しい母親の疲れ顔があった。
その頃には商店街のバス旅行に出かけた爺ちゃんとモダン婆ちゃんが旅行中のバス墜落事故であっけなく世を去った後に、外遊びを続けていた母親の可憐がそのスナックを引き続き受け継いでみたのだが、商才の無い母親の事、直ぐに生活に窮する状態となっていたのであった。
もの心付く頃から円子の家族といえば母親の頑固な父親、当の円子と名つけた本人がサラリーマン時代の退職金で経営を始めた小さなスナックで、生まれながらにそのスナックでママ役をしていたみたいに、明るくてモダンな婆ちゃんが「営業上にさしつかえるから、私をママと呼びなさいね」と、まだ若くて、たまにこずかいをせびりに戻っては、またちゃらちゃらと出かけてゆく円子の母親の事を「カレンちゃん」と呼ばせていて、実際に円子を育ててくれたのは、その二人の祖父母に他ならず、父親というものの影さえも知らず、誰もがこれが普通家庭生活であるがごときの暮らしに円子自身も父親の存在をあまり考えた事もなかった。

もともと事業などには不向きな母親は、そのちっぽけなスナックもとうに客足が耐えて閑古鳥が鳴いていたのがそのきちんと整頓されていない店内の様子にも見て取れ、短大を卒業する円子への仕送りも、やっと借金を重ねてしていたと言う。
少しはその予想はしていたものも、やはりその訪ねた日に急に切り出されては叶わないと驚いて立ちすくむ円子に、母親は精一杯の明るい笑顔で「アンタも一人前にたったことだし、私の責任はここまででということで、ね。」
別れる愛人に手切れ金を渡すかのように封筒に入った数枚かの札を円子の手に握らせて「移り住む場所の住所がはっきりしたら、千葉のオバちゃんの所に連絡しておくから、アンタも新しい住む所が決まったらオバちゃんに連絡して、私の方の連絡先も聞いておくれよね。」との言葉を残して、母親は他県山奥の温泉旅館の下働きとして移り住んでしまった。
なんだか気抜けするあっけらかんとした母親の態度に円子は彼女の幼少時代の母親の姿がよみがえっていた。
少しのお金とお菓子袋を握らせて、「じゃ、またね。爺ちゃんと婆ちゃんの云う事を聞いて、いい子でいるんだよ。また直ぐ戻ってくるからね。」と言った頃の母親の姿である。

当座の生活費は寮生活時代の蓄えのお陰でなんとか賄えそうだが、どんなに小さなアパートにしても数ヶ月の家賃にしかならない。
まずは職探しでもして手っ取り早くきめなくては、、。
自分の人生の半分、いやまだ4分の1なのかも知れなかった過去の生活が名前のせいで将来のハードルを高くしてしまった、と円子は自分の名前のせいにすることで努力責任などとは程遠い排他的生活をしていた事をも自認せずして、前に立ちはだかる将来を恨めしく思うばかりであった。
そして、この時が彼女にとって始めて自分の置かれた立場を真剣に将来の先行きを、社会人として世に交えなくてはならない事を思うと、それまでが自分の存在を無くして生きてきただけに、自分をどうやったら世間に自分という人間がいる事を知らすべく行動を起こしていけばいいのかと思うだけで胸が苦しくなり、前途霧中に呆然となったのであった。
こうして円子の社会人としての幕開けであり、保志加円子が一個人としてスポットを浴びて生きていかねばならないと感じた初めての日でもあった。
タウン誌を見てまず小さなアパートを探した。
数々或る中で人の良さそうなオーナーのオバサンが「あら、何だかお目出度い気にさせられる良いお名前ねェ」と云ったのが自分を認めてくれる心温かい社会人として映り、円子が名前の事で誉められた始めての経験に何だか心が満たされる思いがして、そのアパートを住むところと決めた円子の独り生活が始まろうとしていた。
さて、その次はと。職探しもしなければならないが、前のアルバイト先でも取りあえず掛け合ってみておかねば。
円子は自分の名前のコンプレックスなどは頭のほんの一部に押しやった思いで人生に勝ったような気分に少しばかり酔っていたのであった。

続く。