3/22/2009

ごめんね、もう大丈夫だよ


先日の勤務先の出来事です。
年の頃10才と12才の2人の男の子を連れた母親が店後方にある薬局から投薬を受けて正面戸口にさしかかった時、突然その弟の子供が立ちすくみ悲鳴をあげました。
目を大きく開け、恐怖を満面に浮かべ、「キャーッ、怖いよ~!食べられちゃうよ!!助けて!!怖いよー!!」と叫び続けます。
戸口を出ようとしたその母親と兄はすぐさまその子の体を支えながら、「大丈夫、大丈夫だから帰ろうね」とさとして無理やりにでも外へ向かおうと必死です。
「怖いよ~~、助けて!蜘蛛が沢山いるんだ!僕を食べに来るよ!!キャーッ!!!!」とその男の子は叫び続けます。
そのすさましい程の叫び声に店内の皆の目がその男の子に注がれています。
男の子の外見は一見何処にでもいる何の変わりの無い、10才の腕白坊や風で、そこに立ちすくみ大声を上げているのが単に甘えん坊さんが玩具でも買ってもらえなかったのを地団駄踏んでごねていると人々の目にはうつったはずです。
母親はさして慌てる風でもなく、兄に弟の正面に注目を集めるように支持し、彼女はその子の後ろに回って両脇を抱き上げる格好で体全体を押して歩かせようとしています。
「キャーーッ!!押さないでッ!!助けてッ!!怖いよー、蜘蛛が来るよーッ!!!」と男の子は尚も叫び続けて戸口に向かうのを拒否し続けます。
その押し問答の様な親子のやり取りが5分、10分と続くにつけそれを見ている他の客から冷ややかな目が注がれ、「あの親の躾けはどうなってるんだ。こんな公の場で子供をわめかせるなんて、非常識ではないか。いつまでああしてるつもりなんだ。」と批判の声があちらこちらで交わされているのが感じられます。
10才の男の子といえば、かなり成長して背丈も大きくなってきていますが、その子の母親はもっと体格も良く今のところではその子を力ずくで押しやるに成功率が高く、やっとわめきながらもその親子は戸口外に出たので、その場はやっと皆が胸を撫で下ろした雰囲気になったのでした。

私はその時気付いていました。
あの子の極度の恐怖感が何から来たものか。
あの子は心と体に病を持っている事、そして彼が蜘蛛や虫などに異常な恐怖感を持っている子供である事を。
数年前に私が夜勤をしていた頃、その頃の支店長の指示で私と同年の主任とで、ガラス窓や壁、そして軒下などの掃除をしたものでした。
当時の支店長は私達に充分な道具無しで何とかしなさいと指示をするばかりの皆には不人気な人でしたので、主任自身が自分の掃除道具を家からもってきて高窓などを掃除したのでした。
支店長が変わって数年、新しい支店長は私達が駐車場や窓の掃除をしなくても良い様に専門のお掃除やさんが雇われ店員が掃除係をしなくても良くなったわけです。
が、先月にも私は店の高窓隅から蜘蛛の巣がフワリ、フワリと揺れているのに気が付いており、「ほら、蜘蛛の巣が・・」と私が云うたびに我々店員だれもが「本当だ。でもあんなに高い所では掃除もしようがないね」と話してはいたのです。
本当の所は、私は梯子を倉庫から持ち出して、すす払いをしたかったのです。
そうしなかったのは、最近の私の立場が支店長、主任達をアシスタントをする立場に置かれ、他店員達から「彼女は私達の仕事を増やしてる」と噂されているのを知っていたので、これ見よがしに何かを率先してやるわけにもいかないと自分に言い聞かせていたのでした。
しかし、その私の考えは間違っていたとはっきりと知らされたのがこの親子の来店です。
そして、また先週末の事。
店の外から何やら騒々しく、叫び声が聞こえたかと思うと、あの親子が来店したのでした。
あの子は店の前に来た時直ぐにここが彼の恐れる蜘蛛の住む場所である事を思い出したらしく、それが恐怖の叫び声を店内に入る前に来店を拒否しての騒ぎだったようです。
戸口を無理やりに押されて潜り抜けて薬局に向かうと、叫び声も上げず、普通に行動し、さて、投薬を受けてそして数点の雑貨品を購入して私のレジまでやってきた時、また彼が以前と同じように恐怖で固まり、「行けないよー、そこには。怖いよー!キャーッ!!助けて!!」と叫びだしたのでした。
あまりにも凄まじい恐怖の叫び声にまたもや店内の皆から嘲笑されているのが解り、母親は私に「あの子、精神不安定症なんです。このカウンターに募金箱を置いていただいているのですね。」と側の募金箱を指差して云います。「はい、解っています。ご心配なく」と私。
そして、また親子の帰宅押し問答が繰り広げれれたいます。
幸い支店長が何事かと私の側に来たのを幸いに、私は手早く事の粗筋を知らせると、長身の彼は梯子なしで箒で壁や高窓の蜘蛛の巣を払い、「ほら、もう大丈夫だよ。蜘蛛なんてみーんな退治したからね。ここは虫の住めない城なんだよ」とその子に告げました。
私も「この店には虫退治のスーパーマンが待機しているから、いつでも大丈夫にしておくからね」といったのでした。
するとそれまで泣き喚いていた子は素直にうなずき、そして母親と兄と一緒に静かに戸口をくぐり、外へでていったのでした。
ああ、ごめんなさい。
私が知っていながら仕事を怠った為にあの母親は他からの無用な嘲笑を受けたのですね。
沢山の苦労を背負って生きている人達が大勢います。
そのたった少しぽっちの助けでも私達に出来る事は協力していくのが、社会人の共同生活をする上では重要な事だとつくずく思った私でした。
ごめんね。もう大丈夫だよ。ここには蜘蛛は住んでないよ。

3/03/2009

誰の命


3人の孫達は今のところは私達の教えを守って育っているようだ。
アメリカの教育が世界水準から遅れているのか、どうかは別として、3人共に成績優秀者としての場を保っており、教育上での問題児では決して無い彼等は一応に「素直で良い子」として扱われている。
彼らの母親は同じ街に住んでいながら、彼らと過ごす時間は月1-2日程で、その母親役を降りてしまっており、その心理を問うにも応えは未だ私の理解の半内では無い。
同居の我が息子にしても、養育費としての支払いは私達に出すのみが、またその父役を勘違いして暮らしているのである。

Ⅰ-死んでなんかない

「早く洗濯物を引き出しに入れてしまいなさいね」携帯電話で話中のDavidに私が告げる。
「え?違うよ。グランマさ。違うってば。そうさ、参観日に来たのもグランマだよ。本当だってば。嘘はついてないよ。グランマだってば。・・・・・・」彼が多分彼のガールフレンドらしき相手に言っている。

通話を終えたらしく、Davidが階下の私がPCを打っている側に立って私の様子を伺っている。「ン?どうしたの?何か用?洗濯物かたずけた?」と私。
しばらくあって、「何とも無い。だったら、いいよ。」と何がだったらなのか私には不明のまま彼はまた二階の自分の部屋へ戻った。
その後の2,3日、彼の目が私を注目している風であったのが、何を意味してるのかか解らない私であった。
暫く、ママの迎えが無いのが寂しいのだろうと私は勝手にそう思い込んでいたのである。
その夜から、2日後の事である。毎日の山の洗濯物の中から、Davidが先日の会話相手らしき女の子との筆談らしき丸められたノートの紙切れが彼のジーンズポケットから転げ落ちた。
切れ切れになった筆談でもその内容は直ぐに読み取れた。

“何を怒ってるの?どうして、もう電話しないでって?”
“話したくない。2度と電話してこないで!”
“私が貴方のグランマをママと勘違いした事で怒ってるの?”
"向こうへ行って、ほっとてよ”
“貴方のグランマはもうとうに死んでるんでしょうと私が云ったのが悪かったのね。だって貴方前にグランマが病気だって云ってたから”
“話したくないって云ったろう!”
“だったら、ごめん。だって本当にあの人は貴方のママだと思ってたんだもの。”“グランマに私が『貴方のグランマは死んだのでしょう』と云ったのをきかれてしまったのね。で、叱られたの?ごめんね。本当にごめん。”
“OK. だったらいいよ。また電話しても。でも、グランマの話はしないでよ!”

と、いう事なのである。
あの夜、Davidは私が彼等の携帯での会話を聞いてしまったのだろうと思って、私の行動が気になったものらしい。
そしてあれ以来、Davidは私にもっと気を使っているかのようだ。
だんだん大きくなって、私が母親代わりを勤めている事がいかに大変である事や、また、年令や体力的にいかに3人もの子育てが私の命を削っているものやと徐々に理解してきての、彼の思いやりが私の行動に注目してきた理由なのであろう。
そう思うと、また我が孫達の心情を想い不憫でならなく、私の命が私一人だけのもので無いと思わされ、涙が心に満杯になるのである。