10/06/2008

化粧



家でぼんやりと10日間ほども暮らしていて、筋力が体中から溶け流れ出てしまったかのようなデレンとした活気の無い姿が鏡に映し出されている。
入浴と髪をブラシで撫ぜるくらいはやっていたが、化粧などはずっとせずにいた。
もし家人と一緒に同居していなければ、多分寝巻きと家着を取り替えるのも面倒な私である。
家族の手前、皆より一応は早起きをして、学校やら勤務やらには見送りをするのだが、笑顔造りをしようにも顔の筋肉さえも「唯今お休み中」と額に張り出しが出ている様なのかもしれないとさえ思ったりする。

「アンタはズボラだねェ。化粧をすると結構他の女性から見劣りする事が無いと私は思うのに、男の兄弟の中で育ったせいなのかね。」と結婚後に帰郷した際化粧をしないでいる私に云った事がある。
自分では気にもせずにいたのだが、私の満面にそばかすがあるといって、驚いていた。
その母は朝どんなに早く起きても、家事をし始める前には手早く化粧を済ませていた。
自分の為に化粧している訳ではないと母は云った。
毎日、食事の用意の買い物にご近所に出る事や、突然の来客やら-教職者の父が教員達を自宅に前触れも無く連れてきてはよく酒盛りの場になった-また、その婦人会の集まりや、本心では進んで交わりを共にしたいわけでもない町内会の会合やらもあったり、加え親族の訪問も受けたりしていた。
自分の容姿には少々の劣等感があると云う母は「むさ苦しい自分の顔が皆さんの心に自然に受け入れられるように努力する義務がある。」と信じていたのだ。
病弱で何度も入退院をしていた母の体はあちらこちらに手術痕があり、皮膚細胞も多くの投薬や治療でボロボロであり、どんな強力な乳液も、どのような新薬配合化粧水にしても、彼女を若々しくは保つのに役立っているとは到底考えられなかった私であった。

先日の事、母が私に云った言葉を思い出させる機会にあった。
それは地区開催教育一環の“子供に親の職場を体験させよう”とのスローガンのもとになされた子供職場体験日の出来事であった。
私は勤務先のドラッグストアでその支店長の9才のお嬢さんヴィクトリアちゃんとレジスターを受け持った。暫く客足が途切れた頃、彼女を退屈からしのぐべくお絵描きをする事にした際に、彼女が見せてくれた女性の顔の絵には満面にボツボツとペンで点がついている。
「まァ、上手に描けたわね~」といいながら、何故かその女性の顔に更にボツボツを入れ続けているヴィクトリアちゃんを不思議な気持ちで眺めていた私であった。
「はい、これで出来上がり。この絵ウチにもってかえって家族にもみせます。」と彼女が嬉しそうに笑った時、その絵の女性は紛れも無く、この私である事に気がついたのだ。
あァ、子供の目には私の化粧下のそばかすが側に居る事からもはっきり見て取れて、それが私の顔の特徴であるとしっかり捕らえていたのだ。
家に帰って私はあらためて鏡の覗いてみた。
ヴィクトリアちゃんにはお友達として認められたそばかす顔、でも接客係りとしての私はその勤務の顔造りは怠っていたのかもしれない。
が、その時、そう反省したのにも関わらず、今も私の化粧時間は長くても10分といった簡単なものなのである。
それでも自分の為だけに化粧をしているというより、勤務へ出るという私の心構えのようなものだと思っている。
因みに私の勤務先でのタイトルは“美容相談員”である。
しかも、化粧品売り場の担当をする事な滅多に無い。
日本での美容員とは大違いで、私が勤めるドラッグストアでのシニア美容員はこれまた素顔女性なのである。これは何だか矛盾していると思われますが、彼女の化粧商品知識や接客売り上げ力も高く、人気の店員でもあるのです。

もし人間独りで、孤島に住んでいるとしたら、対人関係での化粧は無しとしても、護衛としての化粧を自分に施すかもしれません。
やはり、化粧が人間生活と文化の流れを時と一緒に送っていると云わねばならない。
化粧はある時は自分の心を豊かに、生活を楽しませてくれる手段であり、自分の生き様を反映しているものでもあり、周りをなごませてくれる力もあるわけなのですね。
「死ぬまで、そちらで自分の生活に合った心と外見の化粧をしなさいよ。自分の為ばかりではないんだから。」と母の言葉が聞こえてきそうです。
教えて下さい母上様、-あちらの世界では化粧はパーマネントで、つけたり、落としたりなどはしなくても良いのでしょうか。