6/29/2008

年令と権利


父が35年間の教職を定年退職した時の年令なのだ。と我が身の還暦を別の意味から改めて考えさせられたところです。
退職後の父は、惨めな老人生活を送ることを事恐れていたらしく、頭髪の無い頭に若々しいスタイルをとカツラを着け、ダブルのスーツをポロシャツに替え、母を連れ立っての旅を楽しむ生活に切り替えたのでした。
が、その後に渡日した私の目には、何故か両親が退職後の生活を無理やり他の人への建前をつくろっているとしか映らなかったのも事実です。
ガスの検査人や食品配達の人達に「私達は老人夫婦二人の生活ですから、重いものは貴方が運んで下さいよ。」とか「老夫婦のみの在宅ですからメーターの周辺の雪かきはそちらでお願いします」とか、「そちらでは老人ケアサービスは無いのですか」などと、相手が「大丈夫です。こちらでそれはいたしますから」と言ってくれる前に、毎回先に駄目押しをするので、相手の方は「はい。いつもの通りに致します。」と驚かれたりするのであり、こうも毎回『老人、老人』を連発する父を少々疎んだ目でみているのは側からも見て取れるのでした。
若い時から権力的で自己中心的な性格もあったことも手伝っての事か、他人に頼らずに自力で若々しく生活を送っていこうと云った、あの思考は何処へいってしまったものなのか、、、と私は心の中でその度思ったものでした。
「自分で老人であるという事を強調しなければ、どんな権利も受けられないのだ」と強く信じている父であったのです。
しかし、その権利(?)を主張する事によって、また自分をもそのような怠慢な行動にも慣らし、全てを他人を頼ってしまう自分への脳トレをしてしまったいたのではないかと私は密かに疑っているのです。
若いから、女性だから、老人だから、忙しいから、好みじゃないから、、とあらゆる『だから族』が自分の能力、労力を出し惜しみして、権利の主張の代弁とするようですが、それが妥当なバランスをもってなされているかというと、決してそうでも無い事が多くあるものです。
「お父様は若者に席を譲り、ご自分を老人と認めていらっしゃるのはご立派ではないですか」とある方がおっしゃったのですが、私個人の意見としては、まだ自分の能力がある人間がどのような形にせよ、それを権利をもって発揮すべき場所が違うような気がするのです。
個人の体力や性格や多々の違いもふまえても法律をもって、その年令によって公使される権利とは別に、お互いの思いやりや、助け合い精神や、生活の知恵がどの年令にもあてはまるという自然体慣習が、世に広まる事というのは、単なる理想論でしかないのでしょう。
「私は貴方より2倍も3倍も年上です。これは若い貴方が出来てしかりの労力ですよ。」と試しに職場で若者に言ったら「とんでもない!貴方と同じことが出来るようになるのは、あと何年後かも」と当の若者が応えたのでした。これは年令に寄る経験というものらしい。
この先も老人としての権利は主張しきれないでいるに違いない。
こうして、私の暫くは”老人”にはなりきれないでいるのかもしれない。