11/30/2008

500人に一人の心臓-その後


今から7年前の暮れの事でした。
当時54才の夫Donに余命幾ばくも無いとの医師の言葉を受け、手立てが無いながら、一応心臓オープン手術をしてみて、治療対策を設けようとした医師団の目にレントゲンにも映らなかった異例の動脈が、その死滅した他の動脈の替わりに活動しているのが発見されたのでした。
急遽その場で4本の菅にバイパスを通し、動脈2本をその奇跡の動脈に切り替えられ、夫の心臓は500人に一人の奇跡として、僅か2ヶ月の自宅休養のみで職場復帰をはたしたのでありました。
当時彼の手術担当心臓外科医には「本当に、奇跡の復活です。これで貴方の心臓はあと10~15年は大丈夫、その後は様子次第でまた手をつくしましょう。」とおっしゃたのでした。

多量の投薬を受けながら、残る60%の心臓はその奇跡の動脈に助けられて日常生活を続け、その後は無事勤務先U航空会社のフロリダ地区及び南米責任区長としての激務から早い退職をし、その後は最寄の州立ブロワード地区大学航空課の理事庶務課長として勤務を続ける事となったのでした。
彼の大学での務めは数年間に渡って作り直しされていなかった航空課のマニュアルを作り、政府関連機関に提出する2年間計画から始まり、それに重ねての仕事は他航空会社機関からの飛行機及び部品の受け入れをしたり、新しい設備改良をしたり、各高校からの大学授業受け入れ機関の設置やで、これまたストレスがかかる激務となったのでした。
が、それでも彼はその仕事にドップリとつかっているようで、航空会社での世界中を回っての激務とは違って、家庭生活と合わせて精神にバランスが取れているものか、その激務には充分耐えうる様子で楽しんで勤務をしている風でもありました。

世は不景気風に喘ぐこの年、歴代的なアメリカ大統領選挙の年であり、8年間に渡るブッシュ政権に私達家族の家計にも多いに影響を及ぼしていて、私と彼は打倒ブッシュ政権を胸に、バラック・オバマ大統領候補とジョー・バイデン副大統領候補の応援に夢中の毎日が私達の精神を支えている部分が多いにありました。
夫のU社退職一時金の約50万ドルはその半分以上もの減額となり、毎月のペンションさえが2千ドルもの減額が政府U社倒産防備企画として私達の懐から返金交換条件とされ、早い退職でU社建て直しに協力した夫には更なる仕打ちとなったわけです。
8年前には国庫金に余裕があったのが、ブッシュ政権の政経の下、今現在は多額の国庫負債にあえぎ、大会社や高額収入者優勢時事に庶民は益々暗闇の生活を強いられ路頭に迷う人々で溢れ、暗澹とした時勢となったのでした。

その様な2008年の秋、夫はいつもの月一の定期健診日で、これまたいつものように投薬の確認をしたり、採血テストの結果打診があって、その後直ぐに帰宅するつもりで勤務先を早めに出たのでした。
当日は私もドラッグストアの勤務日でしたので、帰宅前に夫からの電話があった時には「ミルクが無くなってるから買ってきて」との買い物リクエスト伝言だと思って電話に出ますと、いつもの声が云いました。「今日は家に帰れないそうだよ。いつもとちっとも変わりが無いのに、EKGに不正心音波が出ているとかで、担当医が心臓外科医に打診してね、このままクリニックから向かいの総合病院の心臓外科に即入院なんて云ってるんだ。明日には絶対ここを出て見せるから、心配しなくていいよ。ホント何とも無いのに医者が帰してくれなくて大弱りさ。」
エッ?何とも無いのに即入院なんて事あるわけないでしょう。 一昨日も風邪ぎみなんだといってとても辛そうでしたよね。夜中に嘔吐をもよおして睡眠もあまり出来ないでいるのを私はちゃんと知ってるんですよ。このところ苦しそうにしたり、疲労感に早くに就寝する日が増えていますしね。
頑固が服を着ているような貴方のことです。「いや、本当に何とも無いよ」と無理に作り笑いをしながら、倒れたりして私を驚かす日がこの所多い気がしていますよ。

病院に面会に行くと、仕方なさそうに両足を投げ出して不満顔がベットに腰掛けています。担当医と心臓外科医が話しに来ると云っていて、彼は帰宅の掛け合いをするつもりで憤慨満々な面持ちで待ち構えているのでした。
なかなか医者達が来ないので、部屋通路を通る看護婦さんや、医療係り人を捕まえては「医者が来なければ、もう直ぐにでも帰宅したいのだけれど」と言い張っている夫が何をそんなに慌てているのか、私にはちょっと理解しがたい思いで一緒にそこにいるしかない私でした。
これは、後日知ったのですが、8年前の心臓手術成功の際に、その優秀な心臓手術にかけては名医と云われているお医者様が「これで、余命半年から余命10年になりました」と云われていたのを彼は考えて、再入院が何の意味も無い事を知っていたからだったようです。

そうこうしているうちに3時間も待ったでしょうか、総合病院心臓外科医のドクターが来て云いました。「帰宅したいのですと?何とも無謀な事をおっしゃる。貴方の今の心臓は停止状態に等しいのですよ。今こうして生きているのが不思議なくらいの状態である事を知って下さい。たった今この部屋から出て、その廊下で倒れ死ぬ可能性だって充分あるのに、医者として私はそのような無謀を許可する訳にはいきません。今夜からここに入院して、次の心臓手術の話し合いを明日からでも準備しなければなりません。私は貴方の以前の心臓外科医とは親しい友人ですから、彼と貴方の担当医、そして以前の心臓担当医とも明日にでも懇談会をもつつもりです。とにかく、今日貴方を退院させるつもりは無い事を心に命じてください。奥さんもそのつもりで彼をサポートしてあげて下さい。」と私にも彼の入院の駄目押しを出したのでした。
頑固な夫も渋々「もう一度テストをお願いします。それによって今後の治療を決めるようお願いします。兎に角、私は再手術は考えられないし、今は気分も悪くないので、家庭通院で充分に思っています。」とその夜の入院を承諾せずにいられないと観念したようでした。
翌朝、週末であったこともあり、私は朝早くに病院に面会に出かけました。
夫は「病院は退屈な所で、まったく嫌になっちゃうよ。今日こそ絶対に家に帰してもらうと断固宣言しなくては、何とも無い体調がこうしていると悪くなって来そうだよ。なんだ、あの医者はこの私を愚か者呼ばわりするなんて、まったく都合の悪い医者に出会ってしまったものだ」なんて相変わらずの憎まれ口をきいています。
午前中にテストの小手術があり、その手術回復室で結果を待っていると、例の『明日にでも貴方は命が持たないかもしれない』と脅かした心臓外科医がやって来て、「私個人としては貴方をこのまま入院させたかったのですが、マイアミ大学心臓外科医とも、貴方の担当医連たちともの話し合いで、貴方はこのまま家から通院させる事に話が決まりました。しかし、約束して頂きたい。今週中には私のクリニックで更なる心臓検査を受けて、治療法を決めさせて下さい。」と彼に伝えたのでした。
「あ~。帰れるのですね。ありがとうございます。今週一杯は勤務も休みます。そして投薬も欠かしませんし、そちらの検診にも必ず行きますので、大丈夫です。」と彼。「帰宅おめでとう、良かったですね」と言われた看護婦さんにまで「お世話になりました。帰宅と聞いて皆さんの美しい顔がはっきり見えました。」なんて馬鹿な応対をしている夫でした。

家に帰ってからの彼は別に今までと変わったところが有るわけも無く、一日半ダースのビール、一箱のタバコを欠かすこともなく、勤務に戻ってからは何ら以前と変わりがない激務生活に戻っています。
その週の例の『明日死ぬかも医』の検診では「やはり、以前のバイパスその他の手術の管は全部ふさがりもう機関としては用を足しておらず、心臓死滅細胞も半分は絶滅していて、この先心臓移植以外では再手術は無理という見解になりました。毎日の投薬を欠かさず、一日一日を大事に生活して下さい」との説明があったといいます。そしてその日の心音波検査もメチャクチャのまま、生きているのが不思議なまま彼の生活は続いているのでした。
検診から帰宅した夫は「だから言っただろう。自分の体はやはり自分が一番解っているのかもしれないね。」と格別落胆した風でもなく、ただ、今週か、来年か、2年後かもと、自分の余命が確実に短くなったという事を認める結果となった事だけは確かでした。

そうこうして2008年もあと数ヶ月、彼の体調は変わらず、良い日と悪い日は交互に波のように現れては消えしており、連れ添う私も加齢と共に体調不振もあって、数年前のようにバリバリ働く元気人間から遠くなりつつありましたがそれでも平常生活を送る毎日を暮らしているのです。
11月大統領選挙がオバマ&バイデンの大勝利を収めるにあたり、私達の将来への光もチラリと見る思いに、多くの米国民がなんとかこの不景気を乗り越えて行こうという意気込みがみなぎる中、その日は彼の担当医が3ヶ月に一度の検診日でした。あの入院事件以来、担当医も一応、匙を投げた形におかれたものやら、月一の検診は3ヶ月に一度の度合に変えられました。
と、ところがです。この日の検診ではまたもや異常時に、、。
また入院か?と驚かれないで下さい。
実は、またやドクターが首を傾げて不思議がる奇跡が起きたのです。
「えっ。何でかしら。心音が平常です。健康人のそのものに戻っています!」
いったい、どの部分が何をしているのか全く医学的には説明がならないとの事です。
「8年前にも驚かされたけれど、またまた一体、貴方の心臓はどうなってるのかしらねェ」と担当医は半ば飽きれています。
でも、今週か来年か、2年後かのじみょうには変わりは無い訳ですが、それはそれで、どのような人間でも明日の命はわかりませんから、彼の心臓が半分は死滅していても生きる条件としては皆と同じになっているのでしょう。
それにしても彼は本当の意味で500人に一人の心臓の持ち主だとまたもや痛感したのでした。

いるのですね。天使が。
無宗教の私達にもどこかで、誰かが、何かが私達の生活を見守ってくれているのかもしれません。
夫の心臓状態を思うたびにそう思う私です。
2度目の子育てをしている私達。3人の孫達は成長してあまり手がかからなくなっていますが、やはり神様は「いや、まだすっかり終わっているわけではないよ」とおっしゃっているのかもしれません。
まだもう少しは頑張っていけそうです。多分、、、。