7/26/2008

頑固者


医療情報や栄養安健関係を知るのは、私の半ば趣味のようなものでもありますが、闘病記とかの日誌風本を繰るのは決して好きとは云えません。
そんな私ではありますが、今ここにソレらしきことを記するというのは、ひとつには私自身への言い訳のようなものもあるかもしれません。

健康維持体制には口を挟むことを許されないのが、吾が夫の「ガ・ン・コ」を自でいく生活といったところです。
「妻たる者、夫の健康管理に励むのはある種の責任」などと思う人は多いはず。
でもですよ、我が家訓としてはですね、「自分の限度を知り、無理をせず、かといって、自分を怠け者に仕立てることは厳禁。自分の健康は自分で管理すべし。」とあります。(暗黙のルールではあるのですけれど)
この、先頭にある‐自分の限度‐というところに、それぞれの判断落差があるわけですよ、これが。(あたりまえ)
続く‐自分で管理すべし‐も「安易な投薬や誤報情報に惑わされる事なく、自分の体との対話改善が望ましい」という意味なのですがね、これにしても、かなり個人差によって、ファジーなところがあるのがお解かりかと、、、。
さて、上記の件を踏まえての今回の夫の入院騒ぎにとりかかります。
お話します、という状況より、とりかかるといった私の心情なのですよ、これが。

もう7年前になります。夫Donの40%もの死滅した心臓細胞を除き、残るパートをフルに活用すべく手術が行われたのは。
当時は「多分、生きてあと10ヶ月程が精一杯」と云われた手術でしたが、彼の生命力の強さからか、頑固一徹さからか、その判断は神のみぞ知るといった状況で、奇跡的生還を遂げ、今日に至った訳です。
以来、彼の中には「せっかく頂いたオマケ人生なのだから、大事にしていこう」と、いう心境だったのだろうと、人々は思うはず。ところが、ですよ。
「オマケ人生は自分のしたい事を楽しんで、一生懸命家族と暮らそう」という名目は似にして、異ならずと云いますか、非にして、比ならずといいますか、、。
前回の手術時は彼のU社での激務が最高潮に達した頃でした。責任感が人一倍強い彼のこと、通常なら1年間はたっぷり滞宅休養をするのが一般的療養にもかかわらず、2週間の入院後、2ヶ月間の在宅療養し、これ以上の療養無用と判断、その激務に戻っていったのでした。
その後年内に諸事責任をかたずけて、この国では異例の最も早い年令退職生活を選んだのでした。
その後、家でのんびり隠居生活などとはいかず、彼の貧乏性と、勤勉家精神もあって、現在の職務に着いたのですが、6フィート、2インチの身長、一時は210ポンドもあった体型は心臓に負担をかけないようにとの思いから170ポンドになったのは良しとしても、これまた数々の激務、負担、責任がストレスをもたらすにあたり、更に、彼の「オマケ人生をしたい事をする=毎日タバコ2箱、ビール10缶」悪しき嗜好精神も害をなし、今回の入院が待ち受けていても仕方がないと誰にも思えたはずなのです。
彼の頑固は徹底したもので、係り医が強制的に禁煙を試みたのも無駄に終わり、つい先日彼のプロジェクトである「フロリダ州立ブロワード大学航空規定改新版」を政府関係及び大学に提出するという大仕事をその時に終えたと同時に一時的に気が緩んだものか、それまでのストレスが表面化したものなのかもしれません。

月一の定期健診に出かけた彼、「普段通りに検診に来たら、心電図が凄いことになってるから即入院と云われて、向かいの(係り医オフィス建物の向かいが総合病院なのです)馬鹿みたいに病院着を着せられて、点滴やらなにやら、管つけられて、大災難だよ。今晩は泊まって行きなさい何ていわれたけれど、何時になるか解らないけれど、極力帰宅するようにするから。」との私の勤務中の携帯に伝言されていました。
後、家族に連絡が入り、即、病院に向かった私の前に不機嫌顔の彼が「Dr.Gはいつ来るのか。特別心臓医のDr.Uに早く私を帰宅許可を出すように連絡して下さい」と検温や点滴チェックに来る看護婦や係りの人を、呼び止めては、苛立った声を出しているのでした。
はたまた、数分おきには電話をかけて婦長さんや、事務維持者までにも「私の帰宅許可証を早く作ってください」などと催促する始末。
何とも、いわゆる“ヤナ、患者さん”態度をこうも維持しているの彼でした。

そうこうしていると、やっとDr.Uが現れました。「私は医者として、貴方をこのまま帰すわけには行きません。一歩病院を出た時に貴方が死んでしまっては私は責任を取ることができませんから。」
貴方の命は今日、明日かぎりなのかも知れないのですよと案におっしゃる。
「しかしですよ、こうしていても余命短いのなら、家でゆっくりして暖かい中で死ぬ方がいいじゃないですか。」とDonは後には引かない。
「貴方は知識人と思われますが、この病院は多くの優れたスタッフがいつも貴方を見ていますし、私はこと心臓病にかけては専門医として腕があると自負しています。せめて、7年前の手術に緩みや、故障が起きていないことを確かめる必要があります。では、こうしましょう。明後日最新心臓探知機や医療機が全てある、東側総合病院に貴方を移しますから、そこで私に心臓を検査させて下さい。私はマイアミ心臓病院にもいましたから貴方の前の心臓医とも連検します。処置はその後で決めましょう。」と言い残して不満げにお話をして彼の気持ちを何とか長期入院にしたい様子があらわなのでした。「では、その検診手術後は帰宅させて下さい。あとの医療は外来として真面目に通院いたしますから。スタッフや医者に不満があるわけではないのです。兎に角、私は病院が嫌いなのです。」
殆どの患者さん達が「貴方のような技術を持ち合わせた心臓医に診てもらえるとは光栄です。どうか、どうか宜しくご配慮お願い致します」と家族共々涙してその命をDr.Uに委ねられたに違いなく、吾が夫のごとき無礼者、認識不足、医療拒否者と接見の場をもってしまったのを内心で「この愚かな頑固患者にどうして対応して負かせる事が出来ようか。」と腹立たしく思っているのが察しられ、その目で私を見据えて『何とか貴女、ハズバンドを説得したらよい者なのに、、どうなの?これでいいの?』と云っているのが側にいる私には解るだけに、思わず目を合わせないように下にうつむいているしかなかったのでした。

その朝、一時検診手術が終わったとDon当人から電話が入った時、私自身は気疲れか何か精神的不安定状態がもたらしたものなのかもしれません、ベットの上で動けずにおり、側の電話へベットからごろんと転げて下に降りて、やっと電話にたどり着いたしだいです。
そして、これまた彼も麻酔がまだ体を不自由にしていたらしく、呂律が回らないまま、やっと理解できたのは「あと6時間は動いてはいけないのだそうだ。でも今晩はどうしても帰宅するつもりだから、着替えを持って迎えにきて」との事。
手術回復室の彼の側に行くと「実のところね、前の手術医が云ったよ‐この手術であと8年は大丈夫。10年はちょっと、考えるけれど、それまでに新しい医療が出来ているから大丈夫だよ‐ってさ。」
ああ、それでか。思い当たることがある。
ここ数年の常日頃に「私はあと10年後にはここにいないと思うよ。確かなんだ。」と口にしていたのは。
「私自身はね、段々色々な症状が加齢と共に表面化してきたと思うけれどね、調子のいい時はあと30年は軽く行けると思うけどなァ。ま、寿命の時がくれば、それが寿命なんだからね、仕方ないよね。ま、その時、その時で生きるしかない。」と応えていた私です。当たり前な、半ば無意味な夫婦の会話です。

その夕方、無理押ししたせいか、何か他の思惑があってかは定かではないのですが、「帰宅許可でましたよ」と告げられたのです。
必ず3日後には定期検査として、係り医Sのオフィスで検診を受ける事、そして1週間後には心臓医Uのカンセリングを受ける事を約束させられてです。
そして、係り医Sの検診から帰った彼、「ドクターが云うには、検診手術の結果はとてもきれいなものだったって。あんなに心電図が滅茶苦茶でも、前の手術には何の支障も欠陥も起きていなかったってさ。で、この次の検診はいつもどおり月1にしますと。勤務にも戻っても差し障り無いってさ。で、月曜から普通にまた出勤するんだよ。」係り医は悪い椎間板ヘルニアの手術の話ももう持ち出さないし、彼に劇薬(モルヒネ)の痛み止めを投薬してくれました。
ん?あれ?そうなの?
彼は嬉しそうにしているけれど、これって何だか変じゃない?
来週に控えるDr.Uのカンセリングがなんだか気にかかる。
え?もしかして、ドクター3者会談で、彼の心臓がこれ以上の更なる手術は無理という判断になったのでは?彼の思い通りに活かして(死なせて)あげようという事になったのでは?それを彼自身が察しているのではないのかしら?
私が勤務から帰宅すると「ありがとう」と彼がお花とクッキー、チョコレートを私に買ってきてくれていました。明日は一緒に外食に出かけて欲しいと云います。
子供達にも何だか、急に優しくなって、私にはいつも「子供達にあれこれ買い与えるのは控えるように」といっていた彼が今日は「明日子供達が何か欲しい物があったら、買ってあげなさい」なんていうもので、子供達は「いやァ、何にも欲しい物は今無いから、いいよ」なんて、、。どちらも何だか、不自然なんですよねェ。

これからまた、どうなりますやら。
あれこれ考えたところで、事態は変わらないわけですし。
私達は1日を1日ずつ事を考え、理解し、受け止めて毎日を暮していくしか無いのですよね。
それが、人生というものですものね。
今更あたふたして、どうなるものでもないのは解りきっています。
しかし、吾が夫は筋金入りの頑固者でありますよ。 誰もが呆れ顔で、きっとそう思うでしょう。
きっと神様も呆れて、「まあ、それはそれで善しとして上げなさい。人間は人それぞれ、千差満別な不欠陥なものですから、彼は彼自身の考えもあるでしょう。成る様に任せてやろうじゃないですか、彼は神様じゃないんだから。」と云って認めて下さっているでしょうか。