3/09/2008

文句あっか!その5 こらっ!

現在年齢11才男児、13才男児、そして16才女児の3人の孫を彼等の誕生から育てているのを理由に大の子供好きと勤務先のドラッグストアでは思われている私である。
しかし、実のところは祖母として彼らを可愛がるというよりも、母親代理なのが自然と躾けや教育係としての責任から彼等を厳しく育てているのかもしれない。
我が家は彼等の母親と私は母親役と祖母役(そういう役があったとして。平均家庭に於けるそれぞれの立場という意味で)をすっかり入れ替わっているのである。

確かに子供、特に幼児がその親達と来店した際には、つい私の目じりは下がり、意識せずとも満面に笑みがわいてきて、何か話さなくてはならない気持ちにさせられるチャイルド・パワーの魔法にかかってしまう。
それは、それほど子供好きの性格ではない暮しをしてきていながらも、今では子供を見て、親としての責任を問うことなく、第三者のような目で子供を愛でる事が出来る、一般家庭での祖母役をしているような気持ちになれるからなのに違いない。

先月の出来事であるが、うちのボーイほどの年令らしき男児が店先に来て、市バス停はどこかと誰と無く問う。朝9時半頃だっただろうか。最寄の中学校は先5マイル程の所にあり(車で10分もかからない)、さして遠くはないのだが、徒歩となると、20~30分はかかるかもしれない。
中学校の始業時間は9時なので、この児は新入生なのだろうか、それにしても親の付き添いがない。
彼が続けて言う。「W中学へバスでいくのにはいくらかかりますか?今持ち合わせがないのだけれど、、、。」
「バス停はこの向かいだけれども、W中学に行くには、また乗換えが必要よ。ほら1ドルあげるから、これを使うといいわ」と気の毒に思った店員がコインを手渡した。
その会話を聞いていたレジスターに立っていた客が「ボク、(と彼に向かって)私は中学の前を通るから、そこまで私の車に乗せてあげようか」と申し出てくれた。
私達もその客に礼を言い「ボク、良かったね。そんなに遅れないと思うよ」と激励して見送ったのだった。

ここまでだと、親にも世話をしてもらえない新入生の子供を皆で激励した良い話なのだが。
ところがである。
先週の事、その児がまた朝の10時頃来店したのである。
そして、また同じ事が繰り返されようとしていた。その児は私に見覚えがなかったらしく、「W中学へ行く市バス停はどこですか。いくらかかるのかなァ。お金の持ち合わせも無くって、、、。」と言います。
私はとっさに心で思ったのです。『あのねェ、またなの?あの時だって、親切なオジサンに車で送ってもらいながら、受け取った1ドルはそのまま持っていったじゃないの。』
「バス停はこの向かいよ」と私。
「向かいって、そのバスはW校に行くなかなァ。バス料金も足りなくって、、、。」と彼。 更にあちこちを見回していて、バス停を指した方向をも見ないで、『誰か、お金くれない?それに車に乗っけて連れて行ってくれる人はいないかなァ』と目が云っている。
「だったら、歩く事ね。急いで歩けば若者の貴方の足で20分もあれば充分到着するでしょう。大丈夫、私もここらを良く歩き回って、知っているは。安全地帯だし、お天気も良いしね。急げば2時限には間に合うはずヨ」と応え、渋々店の外へとノロ歩きをしている彼の背をポンと叩いたのでした。

我が家の場合、中学生のシャーンはしっかり者の優等生で(少々小心者でもあるのですが)、朝寝坊をする事は今までにも全く無く、出勤前に登校せねばならない高校生と小学生の二人は(この二人はシャーンと性格が少し違っていて、似た者性格ともいえますが)私が車で送りますがウチの中学生のシャーンも毎平日を大人達が出勤した後に独りで登校支度をし、朝ご飯を食べてスクールバス登校をします。
もし、仮に彼がスクールバスをミスったとしたら、シャーンはどういった行動に出るでしょうか。多分私に電話をして来て、私が店の外出許可の下に彼を迎えに行って学校に連れて行くと思います。私にはそれだけの外出許可を得るのは容易な事ですし、しかも職場から家までが車で4分の所にあるのですから。

前頭の中学生は寝坊の常習犯なのでしょう。この児が何度ドラッグストアに現れて、何度この手を使ってそれに味をしめてのことなのかは解りませんが親達が出勤の後、スクールバスに乗り遅れてしまったにちがいないのです。他人の親切を当てに詐欺行為をしたことになります。
彼はスクールバスに乗れなかったことを親にも話してはいないかもしれません。
話せる状態に無いものか、親が何とも手立てを考えてくれないものかのどちらにせよ、この児が他人を騙して生活を送ることが当たり前となるのが、何と哀しいことではありませんか。
「そんな小さな事で目くじら立てるほどのものじゃないでしょう。薬品を常用したり、恐喝をしたり、はたまた銃で乱殺事件が起きる昨今、こんなのは可愛い子供の小さな嘘として、見守ってあげましょうよ」と仲間達が言います。
えっ?こういう小さい事でも、それは心の問題として、将来を不安にさせられるのですが、それは、私が心配性だからなの?
そうでしょうかねェ。 私としては、嘘をついたり、自分のミスを何とか人に頼って正当化しようとする行為は、今のうちにも正しておかなければ彼の将来にプラスをもたらすとは、到底思えないのですが。
もし、また私が出勤でない時に同じ行為を彼が繰り返したとしたら、私の話を聞いた後でも、彼にお金を与えたり、学校まで車で送っていく手立てをしてあげるのかしら。
それこそ、こらっ!です。