4/22/2007

泣き虫


喜怒哀楽の最高潮に達すると、それのどの時にも涙がどっと押し寄せるようです。
加齢によってはそれが段々と麻痺化するのと、過剰化するのとに事は分けられてもくるようです。しかし、喜怒哀楽の他にも涙を流し、号泣する時があるものです。体力の低下による疲労感からも、激務から開放された虚脱感や、何かをやり遂げて次の段階に進む時にそれまでの築き上げた実績の元の進路が閉ざされ、急に前方が空白に広がって新しい道の導が見当たらない時にも何やら理由無き涙が出てきてしまうと言う事が揚々あるものです。
昨夜の孫娘がそうでした。

小、中学校をトップの成績を保ち、大きな希望と期待とを胸に秘めて高校進学した9年生の彼女がハイスクールのカラーガード(旗、剣、などを使ってのフォーメンションダンスの事)のクラスを取り、それまでの彼女の半生を費やしたバトントワーリングの個人成績が評価され、学校異例のワールドガードフロントラインに抜擢され、張り切ってはいたものの、毎日を厳しい練習と、週末の遠征大会のハードスケジュールに体力と思考力に大変な負担を負っているのが傍から観ていてもはっきり見て取れる状態に私等、家族は少なからずも彼女の身体を按じずにはおられませんでした。州大会、地区大会を順調に優勝を収め、いよいよ全国大会へ出かけるに際してのそのハードなスケジュールにはどの親達も疲れきった我が子への思いに少なからず辛い思いを共に味わっていたのでした。
銅賞を必ず収めるぞといきまいてオハイオ州での5日間に渡る全米大会に臨んだのでしたが、ファイナルで0.5ポイントの差をもって銅賞を昨年のゴールドメダリストだった他州高校に取られ、全米4位の値についたのが彼女等を落胆させたものか、夜も深まった遅い帰宅時の彼女は不機嫌極まりない様子で無口でした。
この10日間の間の彼女の睡眠時間は平均5時間であり、帰宅前日は大会と終了後帰宅移動機中で少々のうたた寝をしただけに過ぎず、その疲労感は極に達していたものでしょう。

軽い慢性不眠症に悩まされてその夜もあれこれ考えては寝付けずにいる私の耳に泣き声が聞こえました。耳を澄ますと、それが明日の登校に控えて帰宅して直ぐにベッドにつかせた筈のKの部屋から聞こえます。私は彼女が健康を害して苦しんでいるものかと案じ、ベットを飛び起きて奥の彼女の部屋に行きドアを軽くノックしてからドアを開けたのでした。
「如何したの?具合でも悪いの?大丈夫?」
振り返った彼女は私の入室に驚いた風で、「あ、ううん、大丈夫。帰宅した事をママに電話しているところなの。心配しないで。おやすみなさい。」と無理に笑顔をつくろっても両目から大筋の涙が流れたままになっていたのでした。
あ、そうなのか。彼女は疲れて、そして哀しくて、暫く会う機会もなかったママの声を聴きたかったのだ。誰かに思いっきり甘えて話を聴いてもらいたかったのだ。私は直ぐそれと察しました。
我が家の家族構成は他の家庭と違って、私が母親役で、教育や躾けと、その他の世話役と保護者であり、生みの親のママは一ヶ月に2日間程を訪問する友人、又は優しい祖母役であり、ママと私のその役どころが入れ替わっているのです。
3人の孫達の一生に於いて、母親と一緒に生活したのは合計で6ヶ月間もないかもしれないといった具合なのです。私達が母親との接触を拒んでいる訳でもなく、母親が遠い地に住んでいるという訳でもなく、子供達が両親に生活に関わるのを今となっては左程の期待している訳でもない。私はそう信じていたのです。

私がドアを閉めると同時に彼女はまた泣き声を上げてママになにやら訴えている。そんなに大泣きしている彼女を見た事が無い私は立ち聞きは悪いかと、ちょっとは思ったものの、すぐドアの側から離れられずにいた。
「私ね、学校の成績が今までで初めて悪いの。でも、どうしたら良いのか解らない。グランパもグランマも私にとても期待しているのに、私は段々その期待に添えられない子供になってきているのよ。何もかもどうしたらいいのか解らなくなってしまった、、、、。(大泣き)最近二人ともあまり健康じゃないの。でも私達の為に仕事に出ている。それでこの頃グランパはとても不機嫌なの。私のせいでママとダディが別れたみたいに(ある事情から彼女が勝手にそう思い込んでいて、未だにその考えを変えられないでいるらしい)、グランパとグランマが不仲になるのが怖い、、、(大泣き)私の頭の中がぐちゃぐちゃになったみたいで、考える事もできない、、、、。」後は泣きじゃくって言葉がよく聞こえない。
嗚呼、何と可哀想な子。彼女が心から甘えたいのはやはりママなのだ。こういう時には、ママと言う存在が、心の奥に秘められていて、『ママ、私を捨てないで~!』と云って泣いてママの車を追い駆けた時の、あの幼い彼女の悲痛な思いが、今もどっと彼女の心から溢れ出て来たのだろう。

翌朝少し泣きはらした目を伏せて平常通り登校する彼女に私は何も聞かない振りをして見送り、勤務中に彼女を元気付けるにはどうしたものかと休み時間に、夫に電話した私でしたが、何時道理に接するほか無いというのが私達の同意見で、彼女を元気付けるべく“頑張ったね、これからも失敗や成功、人生には色々あるけれど、それもこれも全部が貴女の体験として有意義なものですよ。これからも頑張り続けようね”と書かれた元気カードを添えて彼女の好きそうな小物入れバックを「お店の今日の新製品が可愛かったので」と渡したのでした。
下校時の彼女は作夜の涙が嘘のように明るく「可愛いバックありがとう。あのね、先週貰った成績表なんだけれど、AにB+が一つで総合点が4.08なの」4.0が通常最高単位でそれにおまけまで取っているのでトップの好成績と云える。何故これが悪い成績だと泣いていたのか、訳がわからないのはこちらの方である。
「昨日はどうしてあんなに哀しかったのかしら。唯だまっていても涙が次から次に溢れてきてどうしようもなかったの。日頃あまりしようとも思わないママに電話したのも如何してか解らない。多分私の日常生活を知らない彼女に第三者の目で聞いてもらいたかったのかもしれない。だって彼女は家族とは云えない人だから。」とケロリとしたものである。
続けて云う。「グランマは泣き虫よね。今までにグランマの涙を何回か見ているもの。私ね、最近段々その遺伝子が私の中にあるのだと意識するようになってきているの。自分がこんなに泣き虫だとは今まで知らなかった。」
これからの彼女の人生にはまた何度も大泣きする状態に陥る事だろう。その時は「私はグランマ似の泣き虫なの」と言うのだろうか。
やれやれである。こんなところは似てもらいたくないものだ。