2/13/2007

残り物に福


10円玉をにぎりしめて兄と二人近所の駄菓子屋さんに駆けて行った。薄給の教員の父と、入退院を繰り返す病弱な母と、子供2男一女の家計からは幼少当時の私達がおこずかいを貰うという機会は滅多に無かった事だが、どの様な状況でその小銭を手にしたのかは今は思い出せない。
まだテレビなども全く思いだにせぬ昭和の戦後も間もない事であったので、当時の子供達の娯楽と言えば駄菓子屋からビー球やめんこ、そしてクジ菓子を買ったり、紙芝居のおじさんが来ている街角でおじさんのだみ声で聞かされる冒険談やら、童話やらを遠巻きに見学する事であった。
駄菓子屋さんの店先で「当たりクジ」と言われていたくじ引きをする事は何やら運試しの要素がありスリルを味わうようで子供心をワクワクさせた。それはメレンゲを固めたような砂糖菓子をそのクジであてて貰うというもので、束になっているクジ紙から一枚を引き抜き、舌でそれを舐めると蝋で書かれた文字が浮かび上がるというものだった。
その束の殆どが「スカ」で、ハズレを意味し、白い波状になっている固まりの砂糖菓子の一片を貰うことができる。次に「アタリ」が数枚、多分今思うにその菓子箱の大きさからして花形の塊が9個ほどあった、そして「大アタリ」が白い波状の中に4色の花がついていて、4個が箱の下段に収まっていた。
1クジが1円であったので(今の若者達にはその価格感覚も、その安っぽい砂糖菓子が私達には魅力のお菓子であった事も、彼らの想像外である事に違いない)その時の心情を今でも良く思い出すのだが、半分の5円は当時の流行り遊びで色鮮やかな細いビニール製の糸をマカラメのように編みこんで腕輪などをつくるビニール糸を数本買い、残りの半分の5円でクジを5本引ける計算になると私は有頂天であった。
が、息せき切って駆け込んだ店頭にはそのクジ菓子箱が見当たらなかった。
「ちょっと待ってろ。どこか他に置いてあるのかもしれん」と半泣き顔でぼんやり突っ立ている私に兄が声をかけ、その狭い店内をウロウロ捜し求めているところへ「あんた等、何を探しているのさ」と店のおばちゃんが顔を出した。
兄は何か悪い事をしていると思われたかもしれないとの羞恥心からか慌てて「いや、、その、、」と口をパクパクさせただけで、言葉が続かない。
「クジ、、、クジがないね、おばちゃん」と私は思わず小声で兄の言葉にフォローする。
「あァ、クジ菓子ね。今週は問屋さんが休みでね、新しいのがはいらなかったのよ。残り物で良かったら買うかい?もう殆どクジが引かれてあんまり残ってないけどさァ」
「うん、買う!」と兄。「買う、買う!」と私。
おばちゃんが奥の部屋から数ヶ月は埃に塗れながら、棚に並べられていたために日に焼けて色あせた、その厳かなる(私達にとっては宝のような)箱を持ってきた。
本当だ。クジの小束はその殆どの紙がちぎり去られ、歯抜けのような状態で、合間、合間にかろうじて数枚の紙がのこっているにすぎなかった。
「クジ、引かなくてもいいよ。これ5円で箱ごともって行きな」とおばちゃん。
えっ?いいの?本当にいいの?ぜーんぶを5円で。
それには「スカ」ばかりではなくて、「アタリ」とそして、「大当アタリ」も残っているのだ。
わー、凄い、凄い。生まれて初めて下段に入った大当たりの箱1/4もの大きい砂糖菓子を2個も手に入れた。しかも上段のスカの小さいのはたった4つほどで、中段の当たりのも箱半分は残ってるし。母が日頃云っていた『残り物に福』とはこの事なのだ、と幼少心に思ったものであった。
当時の大事件でもあるかのようにその過程をはっきりと覚えているにもかかわらず、その帰宅後に兄と、どの様にその菓子を分配したのか、大輪の花が咲いたようなクドクドとした色合いのその「大アタリ」菓子がどんな味だったのかもまるで記憶には残っていない。

先日いつもの軽い不眠症の時間をもてあましている私の脳裏にふと、あの砂糖菓子の記憶がよみがえってきた。
さて、これは、、うつら、うつらと思うに、今の私の人生に、いままでの私の生き様そのものであるようではないか。
今までの私の人生に沢山の数ある束の中から「スカ」を随分引いて来た。
そして、たまには、たまーにではあるけれど、確かにそれなりに「当たり」も数本引いたように思う。
しかし、「大当たり」はまだ出ていないのではないか。いや、確かにまだ出ていない。
と言うことは、今現在の私に残された年数が短くなってきているにおよび、人生後半期に当たるいままでに未だ引かれずに残っているという事なのだ。
あの駄菓子の残り少なくなったクジのように、或る日私が「大アタリ」が出ますようにと祈りながらクジを引こうとした時、神様が「いいよ。人生の運クジがもう残りも少なくたってきたことでもあるし、ここらでもうみんなもって行きなさい」とおっしゃって古いけれどもその人生という私の箱を全部持たせてくれるやもしれない。そして、その箱を覗くと、「大アタリ」が光輝いて見えているに違いない。「大アタリ」は何本あるのかしら。
多分「スカ」は殆どこの年までに引き抜いてきてしまって、あとは「アタリ」と「大アタリ」が残っているだけなのかもしれない。
私の人生「大当たり」とはどんなものなのだろう。考えると何だか楽しみが残されている気分になってきた。

ならば、今までの生涯を「スカ」を引き続けても残されている「大アタリ」を思えば、何やら楽しいではないか。まだ人生を諦める事はしないでいよう。スカとそこそこの「アタリ」の人生でも、まだ「大アタリ」が何かの拍子に手に転げてくるやもしれない。
大アタリがかたまってどーんと私の所にやってくるやもしれない。
あの駄菓子屋のクジのようにだ。
そうしよう。そう思えばこのままの人生でも悪くは無い。
人生の大アタリを貰ったら、駄菓子屋のおばちゃんにありがとうと大声でいった時の幼児の私にもどり、「わー、凄い、凄い」と大当たりの箱を手に天国に駆けていくのかもしれない。
『残り物に福』と亡き母がいつも云っていた通りに。