12/30/2007

軽くお喋り16 -腰振り体操


暮の大忙し出勤のせいのものか、体がバンバン、コチコチ、プクプクなのであります。筋肉が張り、固まって、手足が太~くなってしまったわけですね。
足を投げ出してソファにかけても、足枕してベットに横なっても、どうにもバ、コ、プ感を治めることができない。
『フ~ム、これは本格的な疲れだわい。2日の休みに家事をしながらではちと無理のあるしつこさではないの』と自分の老体ぶりに落胆したのでした。
頭だけでもリラックスと古本を取り出して読み直したり、デジカメから写真をダウンロードしたりしてみると、今度は目から脳の疲れがドットばかりに押し寄せる感覚にとらわれ、『なんだァ、私一個丸々使いものにならなくなっちゃった』と思っただけなのでした。
とはいえ、この休みの間に日頃の生活諸事をかたずけていかねば新年になっての持ち越し雑用は極力避けたいもの。
レンタルのDVDも見終えて返さなければならない。山の洗濯をかやつける間にみてしまおうかな。
その洗濯ではない、選択は正解でしたよ。
DVDでバラィテーショーで“腰振り体操”なるものが紹介されたので、運動不足ではないはずなのに、不健康まん丸バコプ体を整えるのは、もしかして?とばかりに一緒にやってみたのです。
幸いにも家の中は私だけで、子供達はママの家にお泊り、夫は相も変わらずプールサイド住まい(蛍族なんてものではありません。側にビール缶を詰めた冷蔵庫とお気に入り政治番組が聞けるラジオ、そしてタバコがあれば家の中に入るのはトイレ使用と睡眠時だけ)息子はバイク乗りに出かけ、家の中は私と猫一匹、犬2匹なのであります。

両足を肩幅に開き、膝は曲げずにそのままおへそを中心に置く気持ちで想像の浮き輪に沿ってゆっくりと円を描くわけです。これを1日30分。
簡単なのと、食事制限無しで体調を整えられる方法というのが、私には心地良い響きに聞こえたわけです。
動物達が揃って「え~?何やってるのォ?大丈夫なの?」という顔で私を見上げる中。私はユラユラ、ユサユサ、くる~り、右に10回、左に10回、はい、そしてまた右に20回、左に20回と、、、。
さて、たった1日の体操でも効果はあるものとは思えないけれど、プラシボ(脳の思い込み擬似効果)ということだってあるしね。

とわあれ、効果の程は、、。夜間の喘息発作で一度は夫に心配かけたけれど、朝の目覚めはいつもより何となく爽やか。眠気顔で鏡の前を通り過ぎると、オーッ。アレっ、ウェストが出来ている!(ウェストは出来るものではなく、あるものだとおっしゃいましたか貴方。それは塾老年女性の体型に通でない証拠発言ですね)
体の脇がすっきりしてですね、大きな下半身はまだその体操に目覚めていないとしても、昨日の大食いも体の中に溜まった様子がないのです。
それに足取りが軽やかになって、いつもの「よっこらしょ」という思いで降りる15の階段も久しぶりのトントントンでありましたッ。
体のむくみが取れて、今朝の気分は上々です。
やって良かったァ、腰振り体操。これからも続けなければ。
うん、やるぞ~。何せ簡単、そして食事制限無し!(なんて、馬鹿食いはお止しなさいよ。ハイ了解と、軽受けする私。)
プラシボでもいいから、続いて欲しいなァ、この効果。

クリスマスツリーを下ろしてかたずけようと夫が言います。いつもは新年のお祝いまでそのままにしておくのですが、今年は8フィートのビリヤードテーブルを入れたのでツリーがプレーの邪魔をするわけで早めにかたずける羽目になり、昨日までの疲れた私は「う~ん、ちょっとまってて~」といってあったのです。
腰振り体操が利いたと思っている今日のうちにツリーを下ろしてしまおうっと。
いつもながら、単純な私です。

12/15/2007

軽くお喋り15


シークレットパル

いえね、小学生の、はたまた近頃ヌッと大人びてきたティーンの、孫のお話ではありませんよ。
私にです。いるのですよ。シークレット・パルが。ホント。
「何ィっ」と眉をひそめた方、「くくっー、そのウソ本当?」と言われた貴方、「その年で何て愚か者!」と横を向いてしまう彼女、「そんな事無いっしょ」と大口開けて大笑いしたそこの僕、「お気の毒様~とうとう脳の具合が壊れてしまったか」と同情の目を向けて下さる友人達にお応えして、え?そんな事聞いてもしょうがない?でも聞いて、聴いてよ。還暦のお祝いのラブ・ストーリーでアリマスゾ。
不倫なんていうのには何千マイル、何万キロもずずーっと程遠いお話のそのまた別世界のお話で、ま、私のは一種のハウ・ツー・リブ(生き抜き-息抜き技とでも云いましょうかね)モノグサ人間の私としては上出来なハウ・ツーなのであります。
何せ『ハポネ、オリエンタル、Nippon人』とは、どこの異星人?といった感覚の彼等にとって、「もしかして彼女の50代というのはこちらの(は?どこの?)20代の事に違いない」と勝手に解釈する人間達が回りにいる訳で、「貴方の国の一年は何ヶ月?」なんて馬鹿な質問を受けることもあったりで。
旧正月があるからにはこちらの陪の数を年令に合わせているのかもしれないと思ったものか、50代後半、今は60代突入の私を30代か40代と思っている人が大勢いるのであります。(また、その嘘本当?の声あり)
ドラッグストアで夜勤の折には若い男性ストーカーがいたり、毎晩挨拶に寄る若者がいたり、私の息子より年下の主任社員になつかれたりの一連のプラトニックゲームが三年間ほどありました。
「な~んだ、大風呂敷広げて、自分のモテ自慢をしたかったんだア」と言いましたか貴方。
19才で幼いパピーラブしかしないうちに英語もThis is a pen.位の会話しか出来ないでの渡米ですから、やはり青春を思いっきり謳歌しきっていない不完全燃焼のような恋愛体験だけで、「ああもう面倒だから、ここらで結婚してしまおう」と安易に結婚生活に入った結果が今の私の人生をなしているわけです。(でも、いい人がその“ここらで、どうでもいいや結婚”の相手であったのが、幸運でしたッ。と一応声明しておかねば、、、。)
えーっと、そう、シークレットパルのお話でしたね。(いつも脱線、横道にそれてしまう私の話、困りものです。お前が困ってどうする-はア、誠持ってそのとおりでごじゃりまする。コラッ、ふざけてまた話が脱線するよ)
ある時期から不良店員からの嫌がらせに伴い、私への応援メッセージをくれる人がいる事に気ずき、「さて、このシークレット・パルは誰じゃいね」と考えた末、数ヶ月前に一計を案じて、毎週私自身の生活観や人生観、恋愛感にちなんだカード式文面の作詩と挿絵を掲示板に張り出すことにしました。
ところがですね。この詩に応えて言動する人間が3人ほど現れて、ありゃ~これでは誰が真のシークレットパルなのか判らないのではないの。
でもね、その私の詩のなかで、“家族を守る強い貴方の姿が、誰の目にも貴方が人間として、仲間として、友人として心強く思えるのです。”という行があった週から、回りの誰もが家族の想いを告げるようになった事が私にはとても嬉しいアクシデントでしたし、“動物を愛し、人を愛し、自然を愛し、生活をじゅうにぶんにもエンジョイできる貴方”とした週にはペット愛護グッツが手際よく整頓され、チームワークにも力が入った週でしたしで、このシークレットパル探しは無駄にはならなかったかもなアなんて勝手に思ったのでした。
シークレットパルが誰なのか判ってしまえば、もう秘密でもなんでもない唯のパル(仲間・友人)ですから、このままちょっぴり恋人的なニュアンスのあるシークレットパルでいられる方がずっといいのかもしれません。
因みに私がベストフレンドと呼ぶ薬局課薬剤師の友人Jは私とはメル友で(メール交換は何か注意事項や問題が起きた時だけなのですけれどね)、というのも月に店内で顔を合わせるのは2日ほど数分という感じで、最近支店長Vが自分もそのベストフレンドの輪に入ったのだそうだ。(と、当人が他の人に話していました。一応私のボスですから、メール交換などしませんけれど。あははは。これまた変な人)
夫が私のシークレットパルに嫉妬しないかって?
ま、それは無いでしょう。お互いの友人や生活を大事にしているつもりです。
(私は密かに夫には「何たって、貴方には私が一番合っている」と洗脳してありますのでね。)人からは彼、70代、私40代の年の差があると思われていますので、私が若い友人の話をすると可笑しいらしく、自分が賢い年配と感じるようで案外優越感に浸っているのやもしれません。
『君は心の伴侶なのだ。いつでも一緒に協力して太陽に向かって生きていこう』が先週のシークレットパルからのカード。
うん、誰だか知らないけれど、太陽に向かって行こうね。
で、私の体力が体調について行けなくなった時に「今までの応援、ありがとう」といって笑顔で貴方から消え去る私です。
(お~、何か格好がいいお話をしている気分になりましたですよ!)
しかし、シークレットパルさん、貴方は一体誰?