5/19/2007

文句あっか!その2 年相応


オェッと目を見張ってしまった。
暫く行っていない美容院の鏡に映し出された顔は、目の下にタプタプと水が入っているのだろう、半月状の膨らみがあり、ボサボサに伸び放題の髪は好き勝手な方向に毛先は大波と小波が打ち、白髪染めのカラーが頭上と半ばと毛先でははっきりと3色であり、その疲れ顔を更に疲れた成りと相まっているではないか。
家のバスルームの大鏡では日頃のなりふりをそうも気にしていなかったものか、こうして明るい美容室の鏡の前ではこの様は大いに驚きに値するものであった。
「ええ、どうでも貴方がヘアスタイリストとして一番私に適していると思う風にして下さい。」と私。
「任しておいて、ママ。私先週サンフランシスコに研修に行って来て、最新の色相や適切美容を心得てきてますから。」とイカツイ身体にヒゲ顔がそのオネエ言葉に不釣合いなヘアスタイリストは張り切った声を出したのだった。
(なんで、私をママと呼ぶのヨ。マダムとは呼べないとしてもよ、ママはちょっといただけないではナイノ。ジャマイカの人なのでしょう。ここの人達は親しみを込めて女性の事をだれでも『マミー』と呼ぶのです。でも再び、『私は貴方のママではないよ~っ』と)
手馴れた風に分けた髪の一束々々に銀紙を差し入れ、その上を刷毛でぺタぺタとハイライトブリーチカラーを塗りたくる。
その間、何やかやと世間話と私生活の質問などが口数多く、(これは客を値踏みしたり、世間情報を集めるのに役立っているらしく)辟易した私は少し目をつぶって無視を決め込んだ。
ハイ、次はドライヤー、洗髪、ヘアカット等の言葉合図に目を開け移動して、また目をつぶるといった2時間半後、「ねェ、良いと思わない?私のサンフランシスコ研修が実ったわけよ~。いい色で彼女を10才は軽く若くしたわァ」
その言葉に回りの美容師同僚が「あら、本当。素敵!」とかその前に座っている客までが「とても良いわァ。貴方」などと口々に云っている。
どれどれ、と私も目を開けて、、!(オェッ!の再度である。)
『若くしたって、、、元は何才から10才若くしたってのよ』栗色って、こんなに黄色だった?えっ、え~っ!
「どう、ママ。素敵でしょう?」と大得意なスタイリスト君と回りの店内の皆の目と笑顔が私に向けられている。
「え、ええ。上出来です。ありがとう」と云うのがやっとである。
『若くしてくれなくとも結構です。年相応にして下さい。』と云ったら、こんな茶髪、いや、黄髪にされなかったかなァなんて今思っても後のまつりというものである。
いや、それでも年相応なんてこのヘアスタイリスト君にはあまりにも漠然とした言葉になって、もっと違う赤髪にされたのかもしれない。
いやはや、、私も愚かな思考主よ。していえば、頭脳は年相応ということにはならないか。うん、そうだ。 賢さだけに年相応というものがあるのではないのか。
日本を出た19才のあの時の、それ以来は年を取り忘れてしまった思考力である。
愚かさだけはいつも年相応、というよりずっと、ずう~っと若いのかもしれない私の人生。
こちらの人達が愚かさをさして「貴方の頭脳はどこに忘れてきてしまったの」という問い言葉があるが、さしずめ私の頭脳は日本に置き忘れてしまっているのだろう。
この黄茶髪が剥げてその髪根元から白髪が見え初めて来た頃にはまたダークに自分で染め直そう。
髪は染め直せても、依然私の頭脳は益々若く、というより、子供返りとでも云おうか、細胞の数が減っていくのには違いないけれど、せめて見た目は年相応にしなくてはならない。
いつかは賢く生きてみたいものである。そして、「これぞ熟女、賢女の年相応の姿」と言われてみたいものである。でも、19の夏に頭脳を日本に置き忘れてしまって、当に紛失状態の私にはそれはもう無理というものか。はァ~。(溜息)
そこの貴方、貴方は年相応に生きているとお思いですか?
そうですか、羨ましい限りです。
自分に胸を張って人生をまっとうしようと毅然とした態度の貴方。
え?そうじゃない?ふ~む。私にはそう思えましたが、、、。