4/27/2007

お笑-ボトルトーク


年末や、祭日のホリデー連休日などとは違って、この時期の水曜平日での飲酒物販売部というのは、来客数が少ない。ヴァケーション休みの店員スケジュール補助として急遽配属された私はその日、退屈を極めていた。
開店時間の簡単な整頓を済ませた後は、特別にする事も無く、一応店内の様子をぐるりと見回ってはみたものの、独り、沢山のボトル相手では会話のしようもない。
ふ~む、なになに、、、今週の特売セールはクラウンロイヤルのデトナ・インター杯カー・レースの限定企画品発売、$23.99か、、。おや、側にはスミアノフウォッカの大瓶が$19.99とね、、。
これ等などは日本では売られているとしても、確かにもっと高値なのだろうなァ。インポート飲酒税は高いものであるから、、と。しかし、視るところではクラウンロイヤルはきちんと棚にかしこまっていて、ウォッカの売れ行きは上々なのに対して何だか負い目があるような、不服気に並んでいるではないか。
来客が無いのを良いことに、大声で(子or小声でなくてですよ)店内放送BGMに合わせて音痴声を出して唄ってもボトル達は唯もがシラーッとして並んでいるだけである。私の歌声は益々調子の波となって店内に響いており、それに気を良くしてタンタカタンとリズムつけてダンス宜しく瓶を撫ぜたり、棚に見栄えのするように並び替えたり仕出したところで、ふっと隣の窓越しに雑貨食品部を見ると、あちらの店員仲間が笑って私に手を振っている。
あ、そうでした。別に忘れていたわけではないのですよ。店内監視カメラがオフィスのスクリーンに私の唄い踊る姿が映し出されているにちがいない。主任達や支店長が苦笑、又は大笑いしているのやもしれない。ちょっと不真面目な私。でも、私はお構いなしにタンタカタンを続ける事にした。いいのよ、このくらいの娯楽が私にあったとしても誰にとがめられる訳でもないはず。(と、勝手に信じる事にした)
その後、一人、二人と来客があるのを機に唄と踊りは断念し、さて、、と。ダンマリを決めているボトル達の方に気を向けた私である。


ボトル達の会話:

V「アレッ、またお呼びがかかりましたか。我々ウォッカは何せ人気者ですからネ、ちっとは忙しいものですなァ。じゃァ皆さん、そしてクラウンさん、お先に失礼しますね~」

C 「『フン、何が人気者は忙しいもんか。田舎者のイモめ。我々のような上流(蒸留)ではないくせに、庶民に持てはやされて浮かれているだけじゃないのか。』ねェ、ジョニーさん、貴方はどう思われます?だってそうじゃありませんか。貴方達高級な者達は我々も含め、しっかり箱に納められていて、そうでなくてもいつも日頃から高級品として扱われますですよね。この店内でも一番高値をつけているのはジョニーウォーカー家のブルーさんですものね。かの貴族、ドム・ぺリニョンさんより高値なのですからね。
ヘネシーさんやレミーさんなんかも高貴な方達ですよ。それなのにどうですか、あのイモのスミアノフさんときたら、自分達が一番人気などとうかれているのですからね。ウォッカは芋で作られているのですから、庶民のそれも気取ったところでも田舎者には違いないでしょう?フランス出身のグレイ・グースさんときては小金持ちらしく、少しは高級に近ずくようにと、箱に入らない分を瓶自体を思いっきり素敵にデザインしてもらったつもりなのでしょうけれどね、所詮、芋はイモでしょう。第一、ウォッカの英語発音がヴァッカでしょう。私達高貴な出身のボトル達にはバカとしか聞こえませんけれどねェ。庶民的といえば、ワイン家もラム家もそうですけれど、この家系は料理やお菓子、ケーキなんかにも取り入れられてその道を高級レストランなんかにも進出していますものね。 日本出身のサケさんなんかも由緒ある家系らしいですしね。その分家とやらのショウチュウなるワインは聞く所では、その昔は庶民中の庶民の出だったようですが、今や若者や壮年層まで幅広く愛飲されていると言いますよ。これでしょうかね、ウォッカさんの狙いは。庶民出でもトップアイドルとしてもてはやされたいのでしょうよ。
そこへいくと、我々は王家(ロイヤル)出身ですから、箱入りの上、更にベルベットの袋なんかにおさまっていますですよ。もっともこの王家にだって異端者はおりますよ。小さな声でしか云えませんがね、あの10ドルの小瓶ですけれど、あれはロイヤル家の誰かが小間使いか何かに産ませた子に違いありませんですよ。小さくって、箱にも、袋にも入っていないのはアヤツのみですから。 ロイヤルのプライドを脱いでしまってはお終いですよ。
あ、客がこちらに向かって来ますよ、、、、。(静)」

V「クラウンさん。さっきから何をブツブツいってるんですか。ア、この客はフルーツドリンクを抱えていますから、また私達の出番のようですね。ウォッカのフルーツ割りを楽しむのでしょうね。では、またお先にバイバイ(売、倍)~」

C 「イモッ!X@#$%&*!!(クラウンロイヤルの悪態)先週と先々週の2度に渡ってコソドロに隠しもっていかれたじゃないか。店の主任達が血相を変えてコソドロを追っかけたけれど、結局盗まれても大した品ではないから、まァしょうがないなって云ってましたぞ。高級な我々は高い棚の上で、滅多にコソドロのマトにはならないのですよ。どうですか。貴方達のせいでアルコール中毒にかかる人を増やしている事も少しは思い知って欲しいものですよッ!」



その日のリキュール、ワイン、ビール達はいつまでも押し黙ったまま来客待ちなのであった。
しかし、最近の私は他人になってみたり、はたまた、動物や静物すらになって思考を広める夢見癖がすっかり出来てしまったようだ。これは多重人格性精神異常の発端現象なのかしらん。少々、否、多分に危ない私である。
こうして、わたしの退屈な飲酒販売部の一日は過ぎていく。スローに、スローに、、。
退店時間までにはまだ裕に1時間はある。さてと次は何をしようか、、、、。

4/22/2007

泣き虫


喜怒哀楽の最高潮に達すると、それのどの時にも涙がどっと押し寄せるようです。
加齢によってはそれが段々と麻痺化するのと、過剰化するのとに事は分けられてもくるようです。しかし、喜怒哀楽の他にも涙を流し、号泣する時があるものです。体力の低下による疲労感からも、激務から開放された虚脱感や、何かをやり遂げて次の段階に進む時にそれまでの築き上げた実績の元の進路が閉ざされ、急に前方が空白に広がって新しい道の導が見当たらない時にも何やら理由無き涙が出てきてしまうと言う事が揚々あるものです。
昨夜の孫娘がそうでした。

小、中学校をトップの成績を保ち、大きな希望と期待とを胸に秘めて高校進学した9年生の彼女がハイスクールのカラーガード(旗、剣、などを使ってのフォーメンションダンスの事)のクラスを取り、それまでの彼女の半生を費やしたバトントワーリングの個人成績が評価され、学校異例のワールドガードフロントラインに抜擢され、張り切ってはいたものの、毎日を厳しい練習と、週末の遠征大会のハードスケジュールに体力と思考力に大変な負担を負っているのが傍から観ていてもはっきり見て取れる状態に私等、家族は少なからずも彼女の身体を按じずにはおられませんでした。州大会、地区大会を順調に優勝を収め、いよいよ全国大会へ出かけるに際してのそのハードなスケジュールにはどの親達も疲れきった我が子への思いに少なからず辛い思いを共に味わっていたのでした。
銅賞を必ず収めるぞといきまいてオハイオ州での5日間に渡る全米大会に臨んだのでしたが、ファイナルで0.5ポイントの差をもって銅賞を昨年のゴールドメダリストだった他州高校に取られ、全米4位の値についたのが彼女等を落胆させたものか、夜も深まった遅い帰宅時の彼女は不機嫌極まりない様子で無口でした。
この10日間の間の彼女の睡眠時間は平均5時間であり、帰宅前日は大会と終了後帰宅移動機中で少々のうたた寝をしただけに過ぎず、その疲労感は極に達していたものでしょう。

軽い慢性不眠症に悩まされてその夜もあれこれ考えては寝付けずにいる私の耳に泣き声が聞こえました。耳を澄ますと、それが明日の登校に控えて帰宅して直ぐにベッドにつかせた筈のKの部屋から聞こえます。私は彼女が健康を害して苦しんでいるものかと案じ、ベットを飛び起きて奥の彼女の部屋に行きドアを軽くノックしてからドアを開けたのでした。
「如何したの?具合でも悪いの?大丈夫?」
振り返った彼女は私の入室に驚いた風で、「あ、ううん、大丈夫。帰宅した事をママに電話しているところなの。心配しないで。おやすみなさい。」と無理に笑顔をつくろっても両目から大筋の涙が流れたままになっていたのでした。
あ、そうなのか。彼女は疲れて、そして哀しくて、暫く会う機会もなかったママの声を聴きたかったのだ。誰かに思いっきり甘えて話を聴いてもらいたかったのだ。私は直ぐそれと察しました。
我が家の家族構成は他の家庭と違って、私が母親役で、教育や躾けと、その他の世話役と保護者であり、生みの親のママは一ヶ月に2日間程を訪問する友人、又は優しい祖母役であり、ママと私のその役どころが入れ替わっているのです。
3人の孫達の一生に於いて、母親と一緒に生活したのは合計で6ヶ月間もないかもしれないといった具合なのです。私達が母親との接触を拒んでいる訳でもなく、母親が遠い地に住んでいるという訳でもなく、子供達が両親に生活に関わるのを今となっては左程の期待している訳でもない。私はそう信じていたのです。

私がドアを閉めると同時に彼女はまた泣き声を上げてママになにやら訴えている。そんなに大泣きしている彼女を見た事が無い私は立ち聞きは悪いかと、ちょっとは思ったものの、すぐドアの側から離れられずにいた。
「私ね、学校の成績が今までで初めて悪いの。でも、どうしたら良いのか解らない。グランパもグランマも私にとても期待しているのに、私は段々その期待に添えられない子供になってきているのよ。何もかもどうしたらいいのか解らなくなってしまった、、、、。(大泣き)最近二人ともあまり健康じゃないの。でも私達の為に仕事に出ている。それでこの頃グランパはとても不機嫌なの。私のせいでママとダディが別れたみたいに(ある事情から彼女が勝手にそう思い込んでいて、未だにその考えを変えられないでいるらしい)、グランパとグランマが不仲になるのが怖い、、、(大泣き)私の頭の中がぐちゃぐちゃになったみたいで、考える事もできない、、、、。」後は泣きじゃくって言葉がよく聞こえない。
嗚呼、何と可哀想な子。彼女が心から甘えたいのはやはりママなのだ。こういう時には、ママと言う存在が、心の奥に秘められていて、『ママ、私を捨てないで~!』と云って泣いてママの車を追い駆けた時の、あの幼い彼女の悲痛な思いが、今もどっと彼女の心から溢れ出て来たのだろう。

翌朝少し泣きはらした目を伏せて平常通り登校する彼女に私は何も聞かない振りをして見送り、勤務中に彼女を元気付けるにはどうしたものかと休み時間に、夫に電話した私でしたが、何時道理に接するほか無いというのが私達の同意見で、彼女を元気付けるべく“頑張ったね、これからも失敗や成功、人生には色々あるけれど、それもこれも全部が貴女の体験として有意義なものですよ。これからも頑張り続けようね”と書かれた元気カードを添えて彼女の好きそうな小物入れバックを「お店の今日の新製品が可愛かったので」と渡したのでした。
下校時の彼女は作夜の涙が嘘のように明るく「可愛いバックありがとう。あのね、先週貰った成績表なんだけれど、AにB+が一つで総合点が4.08なの」4.0が通常最高単位でそれにおまけまで取っているのでトップの好成績と云える。何故これが悪い成績だと泣いていたのか、訳がわからないのはこちらの方である。
「昨日はどうしてあんなに哀しかったのかしら。唯だまっていても涙が次から次に溢れてきてどうしようもなかったの。日頃あまりしようとも思わないママに電話したのも如何してか解らない。多分私の日常生活を知らない彼女に第三者の目で聞いてもらいたかったのかもしれない。だって彼女は家族とは云えない人だから。」とケロリとしたものである。
続けて云う。「グランマは泣き虫よね。今までにグランマの涙を何回か見ているもの。私ね、最近段々その遺伝子が私の中にあるのだと意識するようになってきているの。自分がこんなに泣き虫だとは今まで知らなかった。」
これからの彼女の人生にはまた何度も大泣きする状態に陥る事だろう。その時は「私はグランマ似の泣き虫なの」と言うのだろうか。
やれやれである。こんなところは似てもらいたくないものだ。

4/07/2007

或る日の職場で 続この3人の場合



Cの場合2

やはり目測が当たって待望のアシスタント・マネージャーの地位に昇格された。主任長と組んだ事でやはり彼女の強い推薦があったらしい。
それに支店長には何気なく彼のお気に入りのオリエンタルオバサンをトレーニングしたのはこの俺様だと云ってやった。
ところが何てこった。支店長は俺と主任長がグルで販売成績向上に協力していないとこの俺様を企画からはずし、オリエンタルオバサンをアシスタントとしたではないか。
主任になって支店長から一番頼りにされていると思っていたのにだ。
それに主任に成ってから連日、第一の仕事である売り上げ勘定が合わないのは、最近他店から来た女の子が小銭を盗み取っているのではないかと確信し、彼女にちょっと嫌味を言ってやったら、その子が泣いて帰宅してしまい、その仕事の穴うめをしなければと思い、オリエンタルオバサンの休みを承知で急遽出勤を頼んだ。
オリエンタルオバサンが出勤を承諾してくれ、電話伝言を受けて直ぐ来てくれたので支店長からは減点を食らわないで済むと思いきや、例の彼女が翌日支店長に辞表を出し俺様への恨み言を並べたらしい。
後から主任長に聞いたところによると、あのオリエンタルオバサンが支店長に誰が泥棒の犯人であるのかを忠告してあったそうだ。しかもそれは俺様が自分のアシスタントに選んだあのKだったとは。小銭程度の問題なのでKは他店へ飛ばされ、そして彼の仲間のJは非を認めて退職した。
しかし、あのオバサン、どうして彼等が怪しいと知っていたのだろう。やはり皆が言うように地区長の回し者なのだろうか。
その後地区長の方から店内捜査が入り、俺様の企画がことごとく販売低下の要因を作っていると指摘され、最近では主任長までがこのオリエンタルオバサンをアシスタントに使い出し支店長に取り入り作戦と出て、俺様の出る幕がなくなりつつある。今は主任になったからは他店に修業を口実にいつとばされるかと、冷や汗の毎日なのだ。
以前いびってやったイラン人酒飲部主任はオリエンタルオバサンの夫の職場で優秀な大勢の中から選ばれて待遇入社(大学は入社とは言わないのか)したらしい。
あんなに彼の退職を激怒していた支店長もあのオリエンタルオバサンのプランでは仕方ないと、また直ぐ気を取り直し、返って自分達に非があって退職したのだとこの事でも俺様の方に悪い矛先が向いてしまったのだ。
以前勤務していた同僚から聞いた話しに、オリエンタルオバサンは精神的に参り易いらしいと聴いたので、時々彼女に脅しを掛けてみたりするのだけれど、彼女が動じている風が無いのはあれはガセネタだったものかなァ。
彼女の電話応対はマニュアルに載せられたものでいつもきっちり応対をするのをしっていて、時々無言電話を数回続けたりして様子をみたり、女の人が気味悪がる物を彼女の目の届くところに前日置いておくのだが、人の話では彼女は平気でかたずけをしているとか。でも内心はビクビクなんだろうよ。そうであって欲しい。何か巧い手立てで彼女を脅かしておいて、『何も心配しなくても僕が守って職場生活を快適にしてあげるよ』と彼女を見方につけるつもりさ。
それで、支店長にまたどのようにまた取り入る事が出来るかが問題だな。
オリエンタルオバサンはこのごろ俺様には慇懃無礼と言うか、笑顔で接客しているかと思うと、次の瞬間俺様の方に向いた時には真顔でしかとをきめているようだ。主任長は今こそ支店長と巧くやっているそぶりをしているが、やはり俺様の事を気にしてくれて時々こっそりと「支店長のいう事をそんなに気にしなくても私がなんとかしてあげるから」と言ってくれている。
でも、もしかしてその主任長もそろそろ他店移動の時期かもしれないから、そうしたら、また何か巧い方法でのし上がらなければ、これから主任長になるのは、そしていつかは支店長になる道が険しいようだ。
それにしてもあのオリエンタルオバサン、本当に俺様には目の上のタンコブの様な存在だな。どうしてくれよう。

Mの場合

この支店に転勤する前の支店長RのワイフJがここに支店長アシスタントとして長年勤めていると聞いて、彼女と組めば販売成績向上企画プランがスムーズにいき、本社から認められる日が案外早くやってくるかもしれないと大いに期待してきたのが、もののみごとにそれが失敗案である事に気が付いた。
Jはおしゃべりで、皆から好かれてはいるけれど、その仕事振りは適当で、他主任達にも厭きられており、彼女が主任試験を受けても支店長Lが彼女の仕事振りを認めない限りは彼女が主任には推される事は無いだろう。
そこで、一番バリバリ仕事をしている(と思われた)これまた主任試験を受けて長年支店長から待ったを掛けられているCを推して、主任にして、そして彼と組み協力してこの店を伸ばしていこうと考えた。
支店長は私がCをアシスタントにしたことを最初は喜んでいる風で私の申し出を受け、彼を主任に昇格したのだが、これがいつからか支店長が我々二人の企画が気に入らないと何かにつけては批判評価するようになり、接客係Nが夜勤から日中勤務に回ってきたのを機に彼女をアシスタントとして起用し、主任としての仕事を任せてしまう事となった。
私はプライドを傷つけられ、最初の頃はどうもこのNのことが好きにはなれず、この先どうしたものかと落胆せずにはいられなかった。
そこである日、支店長休みの日に、日頃から私の主任管理がなっていないと指摘されていた昨年からの遣り残しの倉庫整理やカウンター整理をNに「日にちはかかっても、自分の思うようにしてやって全部済ませて下さい」と渡してやった。
ところが、Nはその日のうちにかたずけ「これで良いかどうか確認して下さい。」と云って来た。
翌日支店長がそれを見て「君はやはり主任長として力がある」と誉めてくれた。Nはそれを側で聴いて、私に笑顔で応えた。そこで私は気がついたのだ。私はNを見間違っていた。彼女は私の見方であり、敵ではないのだ。
以来、Nと一緒にタバコ管理(これが、ずっと何故か経理書とかなり誤差があって)をしたり、商品額管理、人事関係にも協力してもらい、遂にはこの地区売り上げ第一店になった。
最初は小生意気な小娘と思っていたNが、実は3人の孫を育てている年長者である事を知ったのは驚きだった。
今は支店長と協力体制が巧く出来上がってきているので、Cが面白くない顔を私に向けたりしてもあまり気にならなくなった。
この支店にあとどのくらいの時期を勤めるのか解らないが頑張っていこう。このフロリダ州内の690店舗の中に女支店長は3/1も満たない、まだまだ男社会のこの世界でどこまで頑張っていけるかが難問だけれど。

Moの場合

以前の化粧部員は接客のみで店舗の美化にはあまり関与していなかったものだろう。
私が8年間勤めた店から、一年前に購入した自宅の近くのこの支店に転勤してきて、化粧部の販売員としてこの支店の売り上げを400倍にもしたと支店長を歓喜させ、大いに感謝された。
なのに何故、最近は売り上げが伸びないのはどうしてかと問われて、デスプレーに問題があるのではないかと支店長自身がそのセットを見直すことになった。
この店古参であるJはデスプレー及び価格表示のフロアー設置員であるけれど、何もかも非常にスローでオマケに私に彼女の遣り残しが回って来るのには大不満の私である。でもJは私にとっては楽しい井戸端会議には無くてはならない人物で、朝Jが出勤するとまずはお互いの生活報告をせずには一日が始まらないのだ。
私の定休日には接客係のNが化粧部で販売とデスプレーを行うのは何故なのか私には今も理解し難い。おまけに最近ではNのみに価格調整&表示見直し権利があるとかでコンピューターに表示される価格は彼女以外は皆が主任から承諾を得なければならない。
私がNと話すのは仕事に事ではなく、主に子供の学業上のプロジェクトの事とかで、Nは子供3人を育てているとかで、事プロジェクトの件に関しては彼女に聞けば大体の問題が解決される。なにせこちらの学校ときたら私の母国パキスタンでのそれとはまるで違っていて、オールAの息子ではあっても親の協力無しではプロジェクトが出来ない仕組みになっていて、それだけに彼女の情報は私にはとても大事なものなのだ。
第一虚弱体質の私がこの店に勤めているのも、この息子に彼の欲する全てのものを与えてあげたいという一心からだ。パキスタン人同僚のMwにしても彼女は未だに11歳になる息子には食事の際に彼女がスプーンで彼の口まで運ぶのだそうだ。
男、息子を大事にしないパキスタン女性は悪女であるのだ。
それにしても私もMwも息子一人だからいいけれど、Nは男の子が二人に女の子が一人いるそうだ。大丈夫なのかしら。あの勢いで仕事をしているからには多分彼女は学業以外では何も子供達にはしていないかもしれない。店ではいつも笑顔接客でも家では案外不幸な人なのかもしれない。
私は子供が幸せであれば、夫も幸せで、私は悪女でなくて良かった。