10/28/2006

或る日の職場で その1 この3人の場合

Kの場合

やっとパートトレーニングが終わって、独りでカウンターを任されるようになった。何たって大した仕事じゃないさ。
前に務めていた映画館のカウンターの仕事に比べりゃ、もっと作業も技術を求められるかもしれないし、特にカメラ部の配属になった事は僕にとってはラッキーに違いない。
トレーニングの最初はオリエンタルの女の人、おっと、女の人といっても後から孫が居るオバサンだと聞いてちょっと驚いたけれど、彼女が接客のノウハウを教えてくれた。
といっても、僕の知らない事なんて特に何にも無かったのだけれど、神妙に一応は聞いておいたよ。
トレーニングの合間に、「何か質問は無いか」と聞かれたから、「給料日は何時?」と聞いたよ。何せ、それが一番肝心な事さ。
お昼時間になって僕が一セントも持ち合わせてないことに気がついたのか、オバサン僕に飲み物とスナック奢ってくれるって言ったので、奢ってもらう事にした。
奢りもらいついでに明日のスナック分のお金も借りちゃおう。
5ドル位なら出してくれても平気そうだし。
この秋の一学期から大学でコンピューター整備技術科に入学希望だと支店長にはいってあるのだけれど、どうかな、このパートをしながらの通学に無理があるかもしれないな。この安給料では中古の車でさえ買うのは難しそうだ。
しかし、22才で今だにママの車の送り迎えを当てにしては何も出来ないしなァ。
暫くはこの職場で生活の成り行きを見るしか手はないのだろうな。


Cの場合

この職場がこの俺をもう少し待遇してくれても良さそうなものに、と時々大声で怒鳴りたい気分だよ。実際時々は怒鳴り散らしてやるのさ。
大卒の若いのが支社直下に雇われて主任として配属されて来るのが、何とも腹立たしい。この俺はこの支店にもう8年以上も勤務して全てを任されていて、それらの若造を主任トレーニングしてやっているのに、アシスタント止まりなんて、不合理ではないか。人一倍に仕事はこなしている自信はあるさ。
この俺が高校中退だという事は秘密にしているから他の皆が知らない事なのだろうが、どうやら主任試験を受けさせてもらえない理由はそこにあるらしい。
以前の同僚の主任Nだって高校はGEDで卒業したはずだ。
今の俺の時間をGEDを採る時間に使うのは面倒って考えてるのがネックになってるのは承知だけれど、今更勉強なんて御免だね。
俺はこの職場では一番のモテモテ男なのさ。
どの女の子も俺の仕事振りを見て惚れるのは無理も無いことだと思っていたけれど、一昨年は思わず災難にあったよなァ。
俺に夢中になった浮気好き主任Kの旦那が銃をもって乗り込んできたのには驚いたね。
その事件で2人の主任が他店に廻されたけれど、運良くこの俺は主任ではなくてアシスタントだから他店には移動されないで済んだ。
主任に成らなくても良い利点は移動を強要されないという事なんだよな。
しかし、この店のストックは全部俺様がコントロールしているようなものだ。
感謝されこそすれ、あれこれ不備を問われるのは心外というものさ。
いったい支店長はどういうつもりなのかな。
でもいいさ。今度の新任の主任長は女性で俺に充分気があるから、最近は二人で組んで支店長のフロアプランなんて押しのけるパワーだってあるし。
それにしても支店長のお気に入りのあのオリエンタルのオバサンには要注意だ。


Rの場合

この職場にはこれ以上の長居は無用だ。
この新天地に大いなる将来の夢をもってやって来て、自国の高度教育に更なる技術を身につけて悠々生活を送るはずだったのが、帰る故郷は戦争で崩壊してしまうし、9・11以来私がイラン人であるという事がテロ人間であるかのように恐れられ、迫害視されるしで、自分の人生がこのように天と地の狭間を翻弄せねばならないなどとはこの新天地に足を踏み入れた時の私には考えにも及ばなかった事なのだ。
テロリストが一応に航空学校やそれらの技術知識を得る事でこの周辺に潜み住む事から、私の専門である航空エンジニアリングの資格は暫く隠し持つ羽目となり、食べる為に已む無くこのドラッグストアの酒種販売部主任に身を預けた事になる。
私ももうそう若くは無い、今自分の路の見直しをしなければ一生酒屋の雇われオヤジで甘んじてしまうのは何とも云いがたい。
幸い常客の一人に航空関係の人がいて、世間話をしているうちに彼がこの職場の接客員の夫であり、彼女は私とは腹を割って話し合える人間である事が解った。
それにしかも彼は今は私が数年前にこの国の航空機械資格を得た大学の航空部責任者であるということで、大学に雇用してくれる話が持ち上がったのだ。
私はこの一生のチャンスを逃すわけにはいかない。
まだまだ学びたい知識も沢山ある。食べる為にだけ生きるのではなくて、自分と自分の生活を向上させていける暮らしに入れるかもしれない。