9/29/2006

スピリチュアルワールド その3


今日の不思議

私は作家佐藤愛子女史のエッセイが、そしてその彼女の生き様を書いた文を読むのが好きです。
その頑張りで、時にはがむしゃらと思える気丈さや、周囲に気配りをしながらも自分の立場を知り、お愛想を言いつつ生活するでもない、毅然としたところが私には何とも小気味良い心情にさせてくれる女性だと羨ましくも尊敬の念を寄せるところでもあります。
その女史の何作かのエッセイ集の中に、北海道の浦和に購入した家でのエピソードが書かれており、しばしばそこでの土地の人間との交流生活と、それを含む人間業と思われぬ不思議体験を語っておられます。
女史がその事で専門家に見てもらったとありましたが、数年前にそれを読んだ時は知らなかったのですが、それが今を忙しく活動なさっているスピリチュアルカウンセラーの江原啓之氏であり、氏に相談して以来長年懇意にしている事をつい最近、江原氏の出版本にて知りました。
ふ~む、そうなんですね。
あの気丈な、全てに物怖じもしないと思われた女史が自分のインナーカウンセリングを彼女の書く世界では『若造』の江原氏が『助けの師』であるという事は何とも不思議なのがスピリチュアルワールドと云う未開の世界であるわけです。

以前にもこの場で書いたのですが、私の母はいわゆる霊感の強い女性だったらしく、何度も邪念と戦う生き様に生と死の間を翻弄したといいます。
その子の私が母と同じにスピリチュアルワールド通じているかというと、これがまったくそうでは無いと云うのは、これまた不思議なところと言えましょう。
スピリチュアルセンスというものが代々遺伝しているケースを数多く聞いておりましたから、ちょっとはそれらしいかと期待してはみたのですが、その世界の事を知れば知るほど、私のセンスはそちらの方では無いような気がしております。
私は色々な意味に於いて、父似でありました。良くも、悪くも。
そういう事、スピリチュアルワールドの事ですけれど、に興味があり、学んでみたいと思ったくらいですから、私は大して怖がりではありません。
ホーラー映画を観てもそのストーリーや人物の心理背景分析の方に気が行ってしまいます。
幽霊やお化けなど見た事はありません。テレポートやテレパシーなんてのにも縁がありません。
読心術は経験や体験を通しての大いなる勘違いの元には日常茶飯事ではありますけれど、、。
そして、そのスピリチュアルワードには何のタレントも無い私が、(こういう世界に通ずる人達の行動や感性を私は一般の人間には表す事の出来ない一種のタレントだと信じているのですが)最近、感覚的にふと無いものを感じたり、ちょっと体調に不快感を覚えたりするのは、もしかして脳細胞の壊れが生じてきたものやら、はたまた、私の細胞一部イマジネーションの部門が変形してきているものかと考えるところなのです。
「お~、怖いッ!貴女もとうとう老人アルツハイマー症の遺伝子が現れて来たのですか。お父さんのDNAですよね。とにかく、お大事に、、、」と、他人は云うやもしれません。(何を大事にせねばならないのかは、教えてくれないのですけれどね)
夜勤をしての4年間は、夜独りでドラッグストアにいる事には何の不都合があるでもなく、むしろ夜間は心落ち着くものがありました。
海抜の低いこの州はちょっとの雨天で電気が混線したり、配線に支障をきたすようで、いつも私がそこを通ると天井の蛍光電気がチカチカ点滅をし、それを2,3回すると消えてしまうのに気がつきました。
翌日にはまた付いているので、電球を取り替えるまでもありません。
ある日その事を仲間の青年に見せようと思い「ちょっと上を見ていて御覧なさい。私が通った後に電気がどうなるか、ちょっとしたマジックね。」
一度通り過ぎてチカチカ点滅しているのを「もう一度通ると消えるの」とウィンクしてみせたのです。
ジャマイカ生まれでボストン育ちの黒人の彼はとても迷信家でもあり、私が何やら不吉なマジックを起こしたと思ったらしく、震え上がってしまったのでした。
しかし、夜間勤務は緊急病院からの帰宅前に寄ったという患者や家族、急病の子供の薬を誂えに来た親御さんなど、思わず窮地に立たされた人々が来店するにもかかわらず、私にはその場の空気が愛情に満ちているとさえ感じさせられたものでした。
そんな夜勤の時とは反対に訳も無く精神的に苛立っている人間や、悲しく追いやられ一生懸命に健康保持を保とうとしているご老人達が来客として多い日中勤務なのです。
そのうち私の体調も何やら風邪の症状を長引かせているような、体全体がだるくてしょうがないといった感じの日が多くなり、レジに立っていない時はふと私の視界隅に人が立っているような感じにとらわれては「おやっ、お客様かしら」と探す回数が増えてきたようでした。
そして先週の事、朝から私の頭痛がひどく手持ちの頭痛薬を取り、その日配線工事で天井タイルを外している工事員の手元を何とは無くぼんやり眺めていた私はそのタイル内の真っ暗な天井から何者かが覗いているような感覚が頭を横切り、どっと疲れが体の中に入った思いがしたのでした。
私の心が疲れているのかもしれない。
ゆっくりとした気持ちをもって、明るく生きると言うことをしていないかもしれない。
そういう思いと共に、何故か母の事が思い浮かばれてならないのでした。
そうです9月です。母の誕生日でした。
事情あって一緒に暮した年数は少ない家族だったせいなものか、母は生前私が母の誕生日をいつもしっかりと心に刻んでいたなどとは知らなかったに違いありません。
母他界後20数年の今でも私には母の誕生日を心の中ではいつも祝っていたのですが。
勤務から帰宅後、メールチェックにとPCの前に座ると家の電源が2度ほど点滅を繰り返し、これは近所のメインストリートで信号機の付け替え工事をやっている配線不調によるものだと推測されるのでした。
夜になると、まだ9時前だというのに疲れが最高潮に達したようでこの日ばかりは家族の誰よりも早くベットに就き、倒れるように寝入ってしまいました。

さて、いつもながら、本題に入る前のあれやこれやの前置きがとても長くなってしまいましたが、これからが今日の不思議のメインのお話なのです。
勤務休みは子供達が登校後、家事諸事をしながら音楽を楽しんだり、TV番組に目を通したりして過ごすのです。
今日は母の好きだったクラシック音楽を聞くことに決めていたので、優しい郷のお友達が送って下さったフジコ・へミングのオーディオCDをPCに入れ込み曲をスピーカーに流す事にしたのです。
曲が始まった頃、日を同じくして勤務休みの息子が部屋から顔を出しテレビの映画チャンネルで学園オカルト映画が始まったので一緒に観ようといいます。
CDの音楽は低くそのままに流しておいて居間に移動し、息子と映画を観だしたのですが、映画半ばで息子も私も睡魔に襲われてしまいました。
それだけそのテレビ映画はつまらない内容だったとも言えます。
映画が終了する前に息子は部屋に退散、私も映画を観続ける気も薄れ、コーヒーを作り、PCの前に座りなおしたのでした。
CDの音楽はもう既に終了していて、ピアノ音はありません。画面が電源節約モードで黒い画面なのをマウスを動かしてメディアの画面に家族写真やらが現れると、同時に音が聞こえ出したのです。
女性の声のように「Ummm~~mm~~、Raa~~Ra~~、Humm~~mm~~」
あれっ、音楽かしら?何だろう、唄のようだ。
私は耳を傾け、スピーカーの音量を上げます。しかし、音量は変わりません。
何度も音量スイッチを上げたり、下げたり調整してみてもその「ウムム~~、ラララ~~、フムム~~」は同じ調子なのです。
そして数分後、もしかしてCDの最後にピアノ以外の唄でも録音されているのかもしれないと思った私はメディアのスイッチをCDに合わせてみたところ、その歌声は掻き消え優しいフジコへミングのピアノ曲が奏でられます。
CDの音楽を全部聴き終え、部分々々をまた再生してみたり、音楽終了後をそのままにしてみましたが、そのCDのどの部分にも2度と同じあの歌声らしきものは再び聞こえてくる事はありませんでした。
あの時確かに数分私は歌声(らしきもの)を聞いたのですが、、、。
あれは何だったのでしょう。
やはり、母が音楽を聴いてつい口ずさんだ歌声だったのでしょうか。
以前に前頭に記した江原氏がフジコへミングさんにはスピリチャルに通じていらっしゃると云っているのを思い出しました。
私もいつか私を思って誰かが優しいフジコへミングさんの音楽をかけて下さったら、それに聞き惚れて一緒に唄いだしたく成る時がくるのでしょうか。
でも、やはり駄目か。
私は母の様に霊界一跳びのタレントは無いのですもの。