9/10/2006

悲しい老人達


悲しい老人1

私の家から車で10分程の処に、かなり大きな敷地のコミュニティ・タウンのセンチュアリー・ヴィレッジがあります。
ここはいわゆる55才以上の方達が入居特権を持つシニアシチズンタウンです。
その敷地内には医療機関やエンタテーメントホール、社交センターがあり、管理委員会がプログラムの色々な催し物や、勉強会、趣味倶楽部等を企画運営しており、ピンクのトローリーバスや車椅子で乗車出切る医療バスが定期的にマーケットやモール、市役所、政府機関への交通手段も整っていて、至れりつくせりのサービスもあるようです。
どちらかといえば小金を持ち、定年退職後には蓄えや政府補助退職金などで旅行や趣味の事をしたり出切るといった中堅以上のシニアコミュニティなのです。
このシニアタウンから車で15分の範囲の大通りには私が現在勤めるドラッグストアのチェーン店4軒程があります。
当然ヴィレッジ隣にある薬局が一番のシニアご用達店であり、何時の時も大勢の投薬待ちのシニアとその家族が列をなしています。
しかし、あまりにも沢山のシニアがそのドラッグストアに集中する為、色々なトラブルも発生しているらしく、シニア客自体がその店を避けて周辺のドラッグストアに移動来店するようになりました。
日中勤務となって接客レジにいると、これ等の70代、80代と思われるシニア客には若い世代とは違った性格パターンがある事に気がつきました。
殆どの方が無表情か、又は生活に疲れ、怒りを感じて憤懣やるかたない表情をしているかのどちらかなのです。
笑顔や優しいユトリある表情のシニアには滅多にお目にかかれない毎日といったところなのです。

私個人の接客観としては、横柄な態度の10代、20代の若者には、その欠陥未熟性格態度を否定する態度を表現しますが、いかにそれが自分勝手な不道理や不満を並べていようともシニアの方達には最後まで笑顔対応でいようと心に決めています。
その理由はヤングはこの先人間としての責任を社会に負う学習が必要なので、毎日の対人生活の中ではそれぞれの役目としてのバランスを知る必要があると思うからなのです。
しかし、シニアは残された余生をいかに自分という人間がこの世にいた事を社会と自分に証明しておくのかがその潜在的行動としての表れであるのだと私は思うのです。
先日の例でお話しますと-
「スポンジはどこだ!この見せは薬局のくせに、ゴチャゴチャ品物が多くて、肝心なものが無いではないか。」
「7Cのサインがあるところにスポンジがあります。」
しばらくしてレジに戻ってきて、
「どこにもなかったぞ。わざわざ奥まで歩かせておいて、なかったぞ。スポンジだ、スポンジ。バス(風呂)に使うやつ。無いのなら歩かせるな!」
「ございませんでした?少々お待ちください。係りにここに来させ、私自身がその品をお持ち致します」
バス・スポンジと書かれた柄付スポンジを持参して見せます。
「なんだ!コレじゃない。スポンジだ。もういいっ!変な物を持って来るな。スポンジだというのが解らないのか。もういいっ!!帰る!!」
あまりの剣幕に支店長がやって来て、そのシニアに言う。
「お客様、スポンジは7Cに数多く置いてあります。もしそれがお客様の必要なスポンジでなければ、どういったものかお聞きくだされば他にもございます。」
「スポンジといえば、スポンジではないか。何という店なのだ。無いのに有る様な口調で客に探させるとは何だ。いったい、この店には雑貨が多すぎる。肝心な物はなにも見つからん!」
そこで、まだ笑顔の私が「申しわけありません。この次にご来店の時にはご要望の品が見つかると宜しいですね」と言ったところ、支店長が私の気持ちを思ってか、それとも彼自身の運営をコケにされたと感じてか、みるみる赤顔になって言い放ったのです。
「スポンジはスポンジですが、この店員が探しきれないというのなら貴方の欲しいスポンジは多分ここにはないでしょう。この店では大勢の方達がご要望のスポンジは各種取り揃えてありますから私は全品を肝心な物だと思っています」

怒りに怒ったままのそのシニアが帰った後も「アアいう客は、、、」との話が皆の内でなされのでした。
しかし、あのシニアはあのように何にでも文句を言いたかっただけだったと私は思うのです。怒りを怒りで応対すると、その怒りは人生全体の憤懣と悲しみに変わっていくでしょう。
シニアはもう充分悲しいのです。その憤懣やるかたないのです。
これからも、せめて私はこういう方達にはこれ以上の悲しみの余生を持って人生を終わらせて欲しくないと考える一人でありたいと思っています。


悲しい老人2

「年を取ると、過去の話ばかりするようになるって、本当だね」と孫に言われてしまった。
「人生というものの尺度でね、自分がその測りの地点だと、長い方を取り上げるのは普通の事なのだよ。たった9年目のデビッドにはこの先の人生年月が何倍もあって、それに向かって歩いているけれど、グランマにはデビッドの歩いている路は、ず~と遠くに過ぎていて、デビッドにその先にどんな事が待ち受けているのかがね、大体の見当がつき易くなっているからね、それでその事をちょっぴり先に教えてやりたくなってしまうのだよ。そういう話の状態を過去体験談というんだけれどね。」と私。
「でもね、B君のグランパは全然過去の話をしないんだって。年を取ってるのにだよ。過去の事を忘れてしまったらしい。B君のお母さんはグランパにあまり過去の事聞くのは可哀想だと云ってるんだって。時々腕にある刺青の番号を見ながら泣いてるんだって。」
嗚呼、そういう事だったのだ。
B君のグランパは過去の事を忘れてしまったのではなくて、忘れようとしているのだ。
あの、忌々しくもおぞましい収容所での地獄の生活を。
私の住むフロリダ州ブロワード地区には沢山のユダヤ人の移住者がおり、悲惨な戦争を潜り抜け、やっとの思いでこの新天地に平和を求めて住み着いた人々が、大勢いるのです。
「その人、その人で話す事には、『時』というものがあるんだよ。学校でクラスの勉強中には決して勝手にお話をしてはいけないのと同じでね、何事にも時と場合や事情というものが人にはあるという事を覚えておいて。同時にね、人に言いたくない事を話させたり、その逆に話さなければならない事を押し黙るように要請したりするのは心と精神の自由を奪う犯罪でもあるの。解る?」と顔を伺うと、当のデイビッド、「うん、何となく。とにかく、おしゃべりはいけないよね。」
未だ幼い彼に老人の悲しみを知るのは『時』が必要なようだ。